Quantcast
Channel: 裏旋の超絶☆塩レビュー
Viewing all articles
Browse latest Browse all 997

【ネタバレ注意】筒井康隆『ロートレック荘事件』の感想。

$
0
0

筒井康隆さんと言えば

『時をかける少女』など

著書多数の大御所SF作家。

 

いくつか推理小説も書いていて

その代表作がこれ。

 

『ロートレック荘事件』

筒井康隆(1990年)

 

 

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの絵が

挿絵として何点か挿入されている。

表紙は『ジャヌ・アヴリル』

 

オーソドックスな

山の中の山荘ものミステリー

かと思いきや……

 

あらすじ

 

おれ重樹が8歳の夏。

おれの不注意で

重樹を滑り台から突き落としてしまい、

脊椎を損傷した重樹は

下半身の成長が停止した。

 

後悔と自責の念に

打ちひしがれたおれは、

車椅子で退院した重樹に

一生君のそばにいて

不自由な思いはさせないと誓った。

 

おれと重樹は従兄弟どうしで

夏は北熊沢にある重樹の父の別荘で

お互いの家族が集まって過ごす仲。

東京では

小学校、中学校、高校と同じ学校に通い、

車椅子なしで歩けるようになってからも

おれは重樹のそばについて

一緒に行動した。

 

大学で別々になったが

大学卒業後も関係は続き、

そうしておれたちは

28歳の夏を迎えた。

 

~~~~~~~~~

 

おれ

工藤忠明(くどうただあき)の運転する車で

熊沢市に向かっていた。

 

父の会社が倒産して

借金のために手放した別荘を

知り合いの木内文麿(きうちふみまろ)氏が

買い取って

今では「ロートレック荘」という

名前がつけられている。

 

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック。

両足の骨折で

成人しても足が成長せず

上半身が大人で

下半身が子供の画家。

木内文麿氏のコレクションの対象が

脊椎を損傷して

下半身の成長が止まった

おれの容姿そっくりな

ロートレックなのが

なんとも皮肉なことだ。

 

文麿氏には

木内典子(きうちのりこ)という

24歳の一人娘がいる。

文麿氏の妻、木内彌生(やよい)夫人が

おれたちを別荘に招待してくれたのは

何か企みがあると

おれは推測していた。

「典子嬢を君に押し付けようという

企みならまんざらじゃないだろう」と工藤。

「しかし、おれの気持ちは……」

 

典子の同級生、

牧野寛子(まきのひろこ)

彼女の方に気があることは

工藤にもわかっているはず。

28歳で独身の

人気画家・浜口画伯として

すっかり有名人になったので

娘を嫁がせようと必死なのだ。

しかし画家として名声を得る一方で

欲を出して映画を制作したのだが

そちらは失敗であった。

二作目の制作資金のためにも

金持ちの典子と結婚することは

決して間違った選択ではない。

一方の寛子の家が

決して裕福でないだけに……

 

ロートレック荘に到着すると

文麿氏、彌生夫人、牧野寛子が出迎えた。

別荘番の馬場金造の姿もあった。

「ぼっちゃま。重樹さま。お久しぶりでございます」

金造はこの別荘が

父の所有物だった頃から

別荘の雑用をしている。

 

二階の各人の泊まる部屋の説明と

部屋の鍵を受け取る。

おれのあてがわれた部屋は

昔は両親の寝室だったので

少し気恥ずかしい気持ちになった。

 

「ロートレック荘」はその名の通り

ロートレックの絵があちこちに

飾られている。

その絵を見たり食堂で話をしていると

派手な服と赤い髪をした

五月(さつき)未亡人が姿を現した。

 

五月未亡人は

典子と寛子の同級生・

立原絵里(たてはらえり)の母親で

きゃあきゃあとうるさい人だ。

続いて娘の絵里もやって来る。

こちらも母に負けじと

派手な化粧と大胆なワンピースで

きゃあきゃあとにぎやかな娘だ。

絵里は工藤忠明と知り合いで

大学の助教授をしている工藤の

教え子だった。

 

絵里は空気も読まず

興行的に失敗した

映画の話を持ち出す。

場の空気が悪くなったが

買い物から戻った典子が

絵里の暴走を制止してくれた。

典子は気配りできる頭の良い女性。

寛子は真面目で優しい女性。

絵里は素直で明るい女性。

3人とも将来の浜口夫人の座を狙う

ライバルだった。

 

そこに文麿氏の会社の社員・

錏和博(しころかずひろ)

という男がやって来た。

おれの矮小な体をじろじろ見たので

文麿氏が錏の無礼な態度を咎める。

たいした用でもないのに

別荘までやって来たことからして

どうやら錏は

社長令嬢の典子に気があるらしい。

 

夕食までの間、

おれは一人で外を散歩する。

金造と昔を懐かしみながら

ボイラー室や地下室を見てまわる。

貯蔵室には料理用の

昇降機(ダム・ウェイター)があって

典子の部屋にワインなどを

運び上げることができる。

古いモーターだが

まだ使えるようだ。

 

この別荘のバルコニーは

二階の外側をぐるりと一周しており、

バルコニーから

各部屋に行くこともできる。

その外周には

おれの小さな身長くらいの

「囲い」がしてあるので

転落することはない。

 

バルコニーの東側の

寛子と工藤の部屋の間には

掃除道具入れの空間があるのだが、

おれだけしか知らない秘密があって

バルコニー側に外壁を外せる場所があり、

そこに拳銃が隠してあるのだ。

三二口径の古いモーゼル・オートマチックで

弾を確認すると6発入っている。

 

空き部屋にも秘密の抜け道があって

羽目板が一枚外せるようになっている。

そこから隣の絵里の部屋に繋がっていた。

昔よくこの抜け穴を使って

隣の部屋に泊まる人を驚かしたものだ。

 

午後6時。

夕食の席につくと

ずうずうしくも錏も同席していた。

客人を追いかえせない典子の

好意に付け込んだ錏に

おれは腹が立っていた。

しかも何かと

自分をアピールして

典子の気を引こうとしている。

 

絵里がまた映画の話をぶり返すと

二作目の製作費出資の話になり、

文麿氏も五月未亡人も

金を出してもいいと言うが、

問題は3人の嫁候補の問題に……

絵里は

「わたしがいちばん不利なんですもの」と言う。

そして本命は牧野寛子で

次に木内典子だと暴露する。

これはまずい流れになった。

 

夕食のあとで

錏を半ば無理やり帰らせて

男たちで話をする。

文麿氏が言う。

「わたしの観察では、

典子はどうやら浜口さんが好きなようです」

おれの胸がずきんと痛む。

本命は誰なのか聞きたがる文麿氏を

なんとかかわして

その夜は解散した。

 

寝る前に工藤が質問。

「どうするつもりだい?」

難しい問題に

決着をつけなければ……

 

その夜、

おれは眠れなかった。

牧野寛子の気持ちを確かめたい。

午前1時。

みんなが寝静まったのを待って

そっとバルコニーから

左回りに歩いて

寛子の部屋のガラス戸を叩く。

すぐ明かりが点いて

ネグリジェ姿の寛子が

ガラス戸を開けてくれた。

おれだとわかって嬉しかったという。

 

寛子がおれのことを好きだと確信し、

愛を告白する。

抱きしめると抵抗しなかった。

そのままセックスへ-----

 

性行為のあと、

これからの話をして

バルコニーから戻ったおれは、

セックスの余韻からか

その夜は一睡もできなかった。

やがて朝5時に

階下で電話の鳴る音が聞こえた。

 

昨夜、文麿氏が

5時にロスから電話がかかってくると

聞いていたから

文麿氏が起きているにちがいない。

少し話をしようと

部屋を出て階段を下りると

食堂で文麿氏がコーヒーを沸かしていた。

電話の方は良い知らせだと喜んでいた。

 

コーヒーを手に

食堂に戻ったおれと文麿氏は

さて話をしようとした時、

二階東側の回廊で

2発の銃声が鳴り響く!

 

急いで二階に駆け上がると

何事かとパジャマ姿の

工藤も部屋から出て来た。

「銃声みたいな音だ。

それからガラスの割れる音もしたぞ」

 

寛子の部屋は鍵がかかっている。

典子の部屋から

蒼い顔の典子が出て来た。

典子の部屋のバルコニーから

寛子の部屋のガラス戸を覗くと

血に染まったネグリジェ姿の

寛子が仰向けで倒れている。

 

まさか…そんな!?

おれは夢中で

割れたガラスから締め金を外し、

一人で中に入った。

寛子の腹に2つの弾痕。

バルコニーから

ガラス越しに撃たれたのだ。

数時間前に愛した女が

どうしてこんなことに……

 

おれは放心状態で

典子の部屋に戻ると

全員が集まって来ていた。

おれは寛子が死んだことを説明する。

 

突然、

典子が言った。

「わたし犯人を見たんです」

典子は銃声を聞いて

バルコニーから外を見た時、

森の中に逃げ込む

男の姿を見たのだという。

 

やがて警察が到着し、

ベテランの渡辺警部が捜査にあたる。

 

 

凶器の三二口径の

モーゼル・オートマチックの

隠し場所を知っていたのは誰か?

 

犯人は銃を撃った後、

どこに消えたのか?

 

焼却炉で見つかった

ブラウスとゴム手袋は

犯人が硝煙反応を

防ぐために利用したもの。

その洗濯物を盗むために

地下に降りた人物は?

 

外部犯人説は薄い。

逃げた男は錏だとわかるが、

錏はただあの時間に

あそこを見張っていただけで

しかも誰の姿も見ていないという。

 

錏には動機も機会もない。

動機も機会もあるのは

内部の人間しかいない。

寛子の体から精液を検出した警察は

容疑者を絞っていく。

 

そして

警察をあざ笑うように

第二の事件が-------。

 

 

解説

 

 

昔の事故で

身体障害をもつ従兄弟を

一生護ると誓った男。

28歳の夏の終わり、

有名な画家になって

別荘に戻ってきた

彼らを待っていたのは、

その妻の座を争う

3人の美しい女性たちと、

2発の銃声による惨劇だった。

巧妙なトリックに唸るミステリー小説。

 

SF作家であった筒井康隆の

『富豪刑事』、『フェミニズム殺人事件』に続く

3作目の中編推理小説。

 

語り手の「おれ」が

重樹という従兄弟の脊椎を損傷させて

身体障害者にしてしまい、

その償いの気持ちから

重樹を支えるというプロローグに始まり、

第二章からは

語り手の「おれ」は

その重樹目線で構成されている。

 

どのような体型かイメージできない方は

「ロートレック」氏を画像検索されると

そのイメージがつかみやすいだろう。

 

花嫁候補の3人の娘との

複雑な男女関係を軸に、

「不可解な動機」の謎と

「誰も犯人の姿が見えない」という

不可能興味で惹きつける。

 

巧妙に仕組まれた「二階平面図」や、

第五章と第十章の

「違和感の正体」が秀逸だ。

ラストの一文も強烈に印象に残る。

 

「前人未到のメタ・ミステリー」と

謳ってあるように

1990年当時としては

ほぼ前例の無いトリック。

ミスリードの教科書として

必読の一冊です。

 

欠点としては…

 

●動機が説得力不足。

犯人に共感できないし、

そこまで追い詰められた感がない。

 

●警察はなぜ焼却炉に

見張りをつけなかったのか。

バルコニーの警備も杜撰すぎる。

 

●後味の悪い結末。

それがウリでもあるのでしょうけど。

 

●物語の中で

何ページにこう書いてあるとか

メタ的な注釈を入れられると萎える。

オチを登場人物が

長々と解説するのもくどい。

 

●許容できない人は

アンフェアだと怒る人もいるはず。

例えば

登場人物が発言するたびに

全員フルネームで

(工藤忠明、木内典子とか)

明記されているのに

ある一点だけそれを守っていない等、

作者に都合のよい誤魔化しが見られる。

 

俺の感想

 

実は俺、

この作品を一度読んでいます。

今回は再読です。

 

ちょうど文庫で出た

1995年頃に話題になり、

読んでみたのですが、

その時の感想は

「なんじゃそりゃ?」という

ひどいものでした。

あまりにもムカついたので、

ゴミ箱にリフトオフ。(捨てた)

 

しかしあれから

20年が経ち、

この手のトリックも

十分に分析する力がついたので(?)

いざ勝負と思い再挑戦。

すると、作者の仕掛けた

ギリギリのミスリードや伏線が

手にとるようにわかった。

そして評価も上昇。

ごめんやで。

 

で、なんで初読時に

むかついたかと考えた。

いろいろ説明しすぎなんですよね。

最後に登場人物が

ドヤ顔でネタバラシしてくるのが。

作者に「ね、わからなかったでしょ?」

「このページにちゃんと書いてあるんですよ」と

バカにされてるように感じたわけです。

 

近年では『イニシエーション・ラブ』のように

違和感だけ与えて全く説明せず、

ネットの考察を見て

「そうだったのか!」と驚くという

パターンが流行っていますが、

この作品もそれだったら良かったのに。

最後がちょっとしつこいよね。

他の人の感想を見ても

ここは不評のようです。

 

でもこの作品が発表された1990年には

この手の作品が少なかったので

きちんとした説明は

必要だったのかもしれません。

 

それと個人的に

典子さんが好きだったので

この結末はやるせない。

後味が悪かったです。

 

文庫で200ページ弱と

うっすーい本なので

気軽に読むには

最適なミステリだと思う。

 

★★★★☆ 犯人の意外性

★★☆☆☆ 犯行トリック

★★★☆☆ 物語の面白さ

★★★★☆ 伏線の巧妙さ

★★★★☆ どんでん返し

 

笑える度 -

ホラー度 -

エッチ度 ○

泣ける度 △

 

総合評価(10点満点)

 8点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ここからネタバレあります。

未読の方はお帰りください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ネタバレを見てはいけないと
書いてあるのに
ここを見てしまう「未読のあなた」
あなたは
犯人に最初に殺されるタイプです。
十分に後悔してください。
 

 

ネタバレ解説

 

○被害者 ---●犯人 ---動機【凶器】

牧野寛子 ---●重樹 ---利己主義【射殺:三二口径モーゼル・オートマチック】

木内典子 ---●重樹 ---利己主義【射殺:三二口径モーゼル・オートマチック】

立原絵里 ---●重樹 ---利己主義【射殺:三二口径モーゼル・オートマチック】

 

結末

3人の娘を殺した犯人は

浜口修の従兄弟の重樹だった。

 

8歳の時に脊椎を損傷して

身体障害者となった重樹は

支えにしていた浜口修が

3人の誰かと結婚したら

もう自分の面倒を

みてくれないのではないかと

不安になり、

3人の娘を手にかけた。

 

しかし皮肉なことに

重樹のことを気にかけてくれていた

木内典子の愛情は本物だったと

典子の日記で知る。

修以上に

人生を支えてくれるかもしれない人を

自らの手で殺してしまったと

激しく後悔する重樹。

「どうかわたしを死刑にしてください」

という一文で物語は終わる。

 

叙述トリックの解説

 

この物語には

「登場人物の人数を誤認させる」という

叙述トリックが仕掛けてあります。

 

浜口重樹工藤忠明

2人だと思わせて、

浜口修重樹工藤忠明

3人が一緒にいた。

 

浜口修重樹

1人の人物(浜口重樹)だと錯覚させる

「二人一役」の叙述トリックです。

ちなみに重樹だけ名字が出ていません。

※浜口修とは

男兄弟の従兄弟なので

そのまんま

浜口重樹だと思うが

このブログでは

1人の時は「重樹」

ミスリードは「浜口重樹」で進めます。

 

脊椎を損傷して

下半身が成長しなくなった男は重樹

「重樹さん」と呼ばれた時は

全て彼に話かけています。

重樹には絵の才能が無く

エッセイを書いて生活している。

 

それを支えて

有名な画家になったのが浜口修

文麿や彌生夫人から

「浜口画伯」や「浜口さん」と

呼ばれていたのは

浜口修の方です。

映画を撮ったのも浜口修。

彼は美形なので皆からモテている。

 

そこに一緒にいる工藤忠明

浜口修が美大に進学している間に

重樹を支えてくれた親友。

絵里の通っていた大学の

助教授をしている。

ロートレック荘には初めて来た。

 

 

この作品は

第一章の「おれ」と「重樹」の関係を

第二章から「工藤」と「重樹」だと

思わせるように書いています。

 

<記述者の交代について>

第一章と第二章で語り手が代わるので

いま誰の話なのか混乱しますが

各章の語り手はこのようになっています。

 

  • 第一章 序  →浜口修
  • 第二章 起  →重樹
  • 第三章 承  →重樹
  • 第四章 遡  →重樹
  • 第五章 微  →重樹
  • 第六章 継  →重樹
  • 第七章 彩  →浜口修
  • 第八章 破  →浜口修<牧野寛子が殺される>
  • 第九章 迂  →重樹
  • 第十章 逸  →浜口修
  • 第十一章 緩 →重樹
  • 第十二章 戯 →重樹
  • 第十三章 急 →浜口修<木内典子が殺される>
  • 第十四章 曲 →重樹
  • 第十五章 転 →立原絵里<立原絵里が殺される>
  • 第十六章 錯 →重樹
  • 第十七章 解 →重樹
  • 第十八章 結 →重樹
  • 第十九章 餘 →重樹

 

メインの語り手は重樹ですが、

彼にとって都合の悪い場面

浜口修が代わって

語り手になっています。

 

都合の悪い場面というのは

もちろん殺人を犯す場面。

重樹が犯人なので

殺害場面を書くわけにはいかない。

あらかじめ「浜口重樹」

という人物を刷りこんでいるので

2人の交代に気付かない。

それと浜口の視点で

事件を客観的に見れるので

主人公にアリバイがあるように

思わせることができる。

イコール身体障害者の重樹が

疑われることがない。

 

第十章では殺人以外で

浜口に交代していますが

ここは寛子とのセックスに言及したり

大きな伏線が張ってあるので

見逃せないところ。

(後述の伏線解説で述べます)

 

まずはミスリードから分析。

 

語り手の一人称が「おれ」であること

台詞では「ぼく」なのに

心の中ではどちらも「おれ」で合わせ、

いつ交代したのかわからなくしている。

 

②重樹パートの時、

浜口修の台詞だけ

誰が言ったか書いていない。

他の人物は「と、○○が言った」

と説明してあるのに

浜口修だけ省略して、

「重樹」の台詞だと思わせている。

 

これは反則と思うかもしれないが

個人的にはフェア。

誰が言った台詞かを

全て説明する義務はないし、

いちいち「○○が言った」を

入れるのはテンポが悪い。

会話のスタートが

誰の台詞かわかれば

交互に会話が並んでも

自然に読めることを上手く利用している。

 

それを踏まえて

第二章冒頭の

車の中の会話シーンを見てみよう。

“「ついにあの別荘、ロートレック荘なんていう呼び名がついたらしいぜ」運転席の工藤忠明が笑いながら言った。

おれは唸った。「なんとも皮肉なことだよなあ。よりによって木内文麿氏のコレクションの対象が、おれとよく似た姿かたちのロートレックとはな」

「もっとも、君が怪我したのは八歳の時で脊椎、ロートレックはたしか十四歳で両足の骨折という、まあ、そういったような違いはあるがね」

「いやいや。因縁はまだあるな。おれが絵かきになっちまったという因縁だ。うん。そもそもその縁で木内文麿氏と知り合って、あの別荘を買ってもらったわけだからね」”(P.8)

語り手の「おれ」は

自分のことを

ロートレックみたいな容姿と

言っているので

第一章の「重樹」だとわかる。

 

会話の相手の「工藤」は

第一章の「おれ」かどうかは

まだはっきりしないが

重樹のことをよく知っているから

そうらしいと見当を付けるだろう。

 

ここで

重樹と工藤の会話に

しれっと浜口修が

割り込んでいる。

割り込んでおきながら

「浜口修が言った」と

説明すらしていない。

 

別人が割り込んでも

ちゃんと会話が成立しているから

重樹=画家という

ミスリードになる。

 

さらに

ロートレックが

「身体障害のある画家」であることが

重樹が画家だと

思わせる補足。

 

その後、

彌生夫人が登場し

「浜口さん」「浜口画伯」

という言葉が出てきて

画家の重樹の苗字が

「浜口」だと刷り込まれ、

浜口重樹」が完成。

 

この叙述トリックで

最も大きな役割を果たすのが

工藤忠明の存在。

 

工藤は

ただのレッドヘリングなのだが

28歳という年齢や

主人公の隣に座ったり、

冒頭の従兄弟そのものなので

すっかり騙されてしまう。

P.175の「実際に来たのは

今日が初めてですから」と言う場面で

やっと従兄弟じゃないと判明する。

 

重樹の会話に

浜口修が割り込む場面は他にもある。

第十一章の重樹パートで

重樹と五月未亡人の会話に

割って入っている

“木内文麿氏が軽口の口調で言う。「ほかのひとはともかく、わたしだけはあのブラウスを着るのは無理だよ」

一同、なるほどという眼で文麿氏の巨躯を見る。

「でも、羽織るだけなら」と、五月未亡人はこだわって見せた。

「逆にぼくなどは、ぶかぶかですな」と、おれは言った。

「いいえ。重樹さんだって、上半身はほかのひととほとんど同じです」と、五月未亡人はどこまでも執念深い。「全員、容疑者です

犯行のあった時、木内さんとぼくは食堂で一緒にいたんですよ

「だけど警察なら、共犯だと思うかもしれませんわね」”(P.127)

浜口修は「全員容疑者です」と聞いて

いてもたってもいられなくなり口を出した。

この会話の流れだと

重樹が木内文麿と一緒にいて

アリバイがあると主張しているように

錯覚させられる。


⑧終盤で渡辺警部が

被害者の家族を容疑者から外すと

「容疑者が三人に絞れる」と言う。(P.170)

 

これは「浜口重樹」「工藤忠明」「馬場金造」の

3人のことだと思わせて

「重樹」「浜口修」「工藤忠明」の3人。

直前の取り調べで

金造は犯人を

かばっているだけなのが明らかなので

渡辺警部の中では

金造はすでに除外されている。

 

 

次に伏線の分析。

 

まず重要なのが

工藤忠明の職業。

工藤は大学の助教授である。(P.12)

 

第一章の語り手が「工藤」なら

明らかにおかしい部分がある。

“大学こそ別べつで、残念ながら通学に付き添うことまではできなかったが、おれはかわらず重樹に献身し続けた。卒業後も、いつでも重樹の傍に行けるような、そして自由な時間が多くとれる職に就き、常に重樹と連絡を絶やさず、そして重樹が仕事や遊びで外出する際はもちろん、遠近にかかわらず必ずつき従ったのだった。”(P.7)

 →個人差はあるが、

 大学の助教授は

 自由な時間が多い職業ではない。

 いつでも抜け出して行けないし、

 いつも付き添うことは難しい。

 この工藤の職業だけで

 重樹の従兄弟ではないことがわかる。

 

②誰もが最初に違和感を感じたのは

第五章のこのシーンだろう。

“六時半に木内典子がドアをノックした。

「お夕食です。どうぞ食堂へ」

その涼しい声で、エッセイを書いていたおれは、すぐに立ちあがった。

「遅い朝食だけで、昼食を食べていなかったから、腹がへった」

「ぼくもそうだよ」

おりていくと、食堂にはもう全員が揃っていた。おれたちはいつも通り、並んで腰かけた。”(P.55)

 →この会話のシーンで

 「ん?」と思った人は多いはず。

 主人公の部屋に別の男がいる。

 工藤が一緒にいるのだと思わせているが

 実はこれが浜口修だった。

 

第十章の語り手は再び浜口修。

ここでは殺人は起きないが

大きな伏線が張ってある。

 

凶器が

モーゼル・オートマチックだと知って

動揺したシーンに手掛かりがある。

“とにかくおれ自身が、拳銃の所在を知っていたことの発覚を避けるため、さらには他のひとたちに嫌疑がかからぬためにも黙っているに越したことはない。特におれのようなアリバイのない、この、何ものにも替えがたいすぐ隣りにいる友は、命に代えても護らねばならない。”(P.118)

 →よく考えると逆です。

 語り手を脊椎を負傷した

 「浜口重樹」としてここまで

 話が進んできたはずなのに、

 なんでお前が護る側になる?

 

 ああそうか、

 これは工藤の視点……

 と思いきや

 「牧野寛子との性行為」に言及したり(P.115)

 何より「工藤忠明が別にいる」ではないか。

 実はこれが浜口修だった。

 (大事なことなので二回

 

ミスリードであり、

伏線でもあるのが

「二階平面図」の部屋割。

 

それまで読者の頭の中で構築された

「浜口重樹」という名前が

ここではっきり書いてあるので

騙される人は多い。

 

しかしここには

重要なヒントも隠されている。

 

④「工藤」「典子」「寛子」と

他の人は簡略に名前が書いてあるのに

木内文麿と

重樹だけフルネームで

書いてある(ように見える)

 →木内文麿はオトリとして

 重樹がフルネームはおかしい。

 「浜口重樹」ではなく

 「浜口」と「重樹」の相部屋です。

 2段に分けて書いてあるのが巧妙。

 

⑤そしてこの重樹の部屋は

昔は両親の寝室だった。(P.16)

 →つまり

 2人用の部屋でした。

 

⑥第二章冒頭の車の中の会話シーンで

運転席の工藤と

後部座席の重樹という座り方

「助手席に誰かいる」というヒント。

 

ちなみに金造が

「坊ちゃま。重樹さま」と呼ぶのは

2人の人物(浜口修と重樹)を

呼び分けている伏線のように思えるが

重樹一人の時にも(P.45)

「坊ちゃま。重樹さま」と呼んでいるので

これは金造の口癖のようだ。

(逆にここで

2人いると気付いてしまうかも)

 

この叙述トリックで

ひとつ惜しいなと思うのは、

第一章の「おれ」と

第二章の「おれ」を

同じ人物だと

思っている人がいることだ。

 

普通はここで語り手が

入れ替わっていることに気付くのだが

(ここは気付かないと話にならない)

素直な人はどちらも「おれ」だから

同じ人だと思いこみ、

それで話がつながらなくて

混乱する人もいるらしい。

 

ここは第二章で「わたし」という

女性視点(木内典子など)の

物語を挿入して

急に語り手が

代わることもありますよという

布石を打つべきだろう。

 

ロートレックの絵の意味。

 

ロートレックの絵が挿入されているが

挿入されるページに意味を感じないし、

絵の内容と直接関わりがあったり

謎解きにも関与していないので、

いったい何のために

絵が挿入されているのか?という

疑問が出てくる。

 

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック。

wikipediaにはこう書いてある。

“身体障害者として差別を受けていたこともあってか、娼婦、踊り子のような夜の世界の女たちに共感。パリの「ムーラン・ルージュ(Moulin Rouge)」をはじめとしたダンスホール、酒場などに入り浸り、デカダンな生活を送った。そして、彼女らを愛情のこもった筆致で描いた。”

ここでいう「夜の女」が

3人娘なのだろうか。

誰にでも愛想を振りまく

娼婦のようなものと

例えていたのかもしれない。

 

牧野寛子は「ラ・ルヴュ・ブランシュ」の妻ミシア

→才色兼備の妻だったらしい。

 

木内典子は「ジャヌ・アヴリル」

“ロートレックの良き理解者、ジャヌ・アヴリル(1868-1923)は高級娼婦とイタリア貴族の子としてこの世に産み落とされ、貧しく不遇な内に育ち、やがて踊り子となった。ムーラン・ルージュでラ・グリュらと一緒に出演したことをきっかけに人気を博して行った彼女はロートレックの大のお気に入りモデルで、ジャヌ自身も友人ロートレックの作品に描かれること楽しんでいたようだ。” 

立原絵里は「ラ・ジターヌ」

 →情報が出て来なかった。

 

やはりロートレックと

つながりの深い女性ジャヌ・アヴリルが

典子の部屋に飾られていることが

重樹との関係を強調している。

それだけに

救われない結末に胸が痛い。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 997

Trending Articles