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【ネタバレ注意】中西智明『消失!』の感想。

「幻の傑作」と呼ばれる作品がある。

『消失!』 
中西智明(1990年)

消失! (講談社文庫)/講談社
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¥524
Amazon.co.jp

作者の中西氏は
この長編1作でデビューして
それ以降は長編を書いていない。
(短編1作のみ)

まさに
この1作に全てを捧げたような
ものすごいトリック本でした。


あらすじ

男の足元に死体がひとつ。
オレが殺したのか・・・

憎悪の対象は
赤毛にあった。
あの女と同じ、
赤毛の仲間だから殺すのだ。


~~~~~~~~~~


インディーズバンド
「ZERO-ZERO」が練習場として
借りている
福☓県高塔市の
雑居ビルの三階の一室。

その日、
メインボーカルのユカ
集合場所に遅刻をしてしまった。
その部屋に入った時、
ギターのBBだけが来ていて
他の連中は買い物に出かけていた。

ユカはひそかにBBのことが好きだった。
しかしBBは
マリーのことを気にしている。
今日はマリーは来ていないらしい。
BBと会話が続かなくて
部屋を出るユカ。
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1


廊下に出た時、
隣の部屋のドアが閉まった。
誰か話を聞いていて
慌てて隠れたのだろうか?
もしかしてマリーが・・・
そう思ったユカだが、
その時は気にも留めず
女子トイレに向かった。

みんなマリーにばかり愛想がいい。
ユカは少し赤茶色だが、
マリーはもっと鮮やかな赤毛で美しい。
月に3回のバンド練習に
あの子が来るようになって
いつの間にかチヤホヤされて。
マリーさえいなかったら
あたしの方が・・・

トイレから戻ると、
廊下の入り口に
他のメンバーが帰って来ていた。
リードギターの
リーダー中西智明
ドラムのトム
ベースのヘスの3人。

練習部屋に入ろうとすると
BBが出て来る。
さっき廊下に誰かいなかったか?と
尋ねてくるBB。
そう言えば誰かが
隣の部屋に隠れたことを
思い出したユカがそれを教えると
中西が先頭に立って
隣の部屋のドアを開けた。

そこは空き部屋で
生きている人間は
誰も隠れていなかった。
しかし部屋の明かりを点けた時、
それは目に飛び込んできた。
床に赤毛が・・・。
マリーの死体だった。

誰がこんなことを!と
怒りに燃えるBB。
そばには金槌が転がっている。
金槌で後頭部を
殴られて殺されたようだ。
それを見たユカは
ショックで気絶してしまう。

倒れたユカを救急車で運んだ後、
部屋に戻った中西とBBは驚いた。
ユカの死体と凶器の金槌が
部屋の中から「消失」していたからだ。


~~~~~~~~~~~


男は2度目の殺しを行う。
今回は金槌ではなく
ロープで首を絞め続ける。
赤毛に対する憎悪・・・
どこかで「ユウジ」を探す
女の声が聞こえた。


~~~~~~~~~~


同道堂裕子(あやしゆうこ)
4年前に夫の二朗
自動車事故で亡くし、
未亡人となった。
結婚してまだ2年しか経っていなかった。

裕子は一度は子供を身ごもったが
妊娠八ヵ月目に流産してしまう。
もし生まれていたら
「裕二」と名付けるはずだった。

そのショックも冷めやらぬ中、
二朗の事故死。
遺産は入ったが
元から裕子を快く思わない
同道堂家の人々は
親族の縁を切り、
裕子一人が屋敷に残された。

夫の事故から10ヶ月、
絶望していた裕子に
神様が息子を授けてくれた。
その子を裕二(ゆうじ)と名付けて
溺愛する裕子。


裕二は3つになり、
よくひとりで遊びに行くのだが
その日は夕方6時半になっても
裕二が帰ってこない。
心配になって
高塔市内を捜し回る裕子。

義弟の同道堂三朗(あやしさぶろう)
兄の嫁の裕子を
何かと気に掛けてくれる人で
裕二の姿が見えないと知り、
手分けして一緒に
捜してくれることになった。

裕二の名を呼びながら歩く裕子。
はやく裕二に会いたい。
もう大丈夫よと
赤毛の頭を撫でてやりたい。

高塔市の北区の
南端まで来た裕子は
黒ずくめの男が空き地から飛び出し
裕子を見て逃げる姿を目撃する。
咄嗟に空き地を見た裕子は愕然とした。
裕二が倒れている!?
首にロープを巻きつけられて
ぐったりとしている。
裕子は絶叫した。
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2


直感でアイツが
犯人だと思った裕子は
黒ずくめの男を追いかける。
小学校の駐車場に
逃げ込んだのを見た。
しかし裕子が駐車場に着いた時、
どこにも犯人の姿はなかった。

そこに後から追いついた三朗が来て
犯人を一緒に捜したが
やはりどこにも隠れていない。
追跡を諦めて
裕二の死体のあった空き地に戻ったが
今度は裕二の死体も「消失」していた!


~~~~~~~~~~~


男は鉈を持っていた。
金槌、ロープ、鉈・・・
これは復讐。
オレを裏切った赤毛の女、
公川順子への復讐。
あの女と同じ赤毛の「ジュン」。
男は無抵抗の「ジュン」に
鉈の一撃をくらわす。


~~~~~~~~~~~


大学生の雷津龍蔵(らいつりゅうぞう)
大学の先輩の私立探偵の
新寺仁(にいでらじん)のオフィスにいた。

新寺は学生時代に
論文で未解決事件の真相を推理して
それがことごとく的中し、
一躍名探偵と持て囃された。
25歳の新寺は
この度新しく探偵業を始めたのだが、
食指が動く面白い事件がなくて
依頼を断り続けている。

新寺の妹で、
女子高生の新寺留衣
事務所に遊びに来た。
龍蔵は留衣に恋をしているが
勇気がなくて告白できないでいる。

結局、依頼の電話は
全て断ってしまった新寺。
3人がビルを出た時、
留衣が一階のブティックで
最近知り合った
純ちゃん」のことを心配する。
今朝から純ちゃんの姿が
見えないらしい。


新寺は純ちゃん捜しの依頼を受け、
ここから物語は意外な方向へ向かう。

バラバラに見えた3つの消失事件が
ひとつにつながった時、
驚愕の真実が浮かび上がる-----。


解説

バンドメンバーの集まった
ビルの三階から、
目を離した隙に死体が消失。
息子を殺された未亡人が、
犯人を追いかけた後で
現場に戻ると死体が消失。
そして失踪した女の子・・・。
いずれも共通するのは
「赤毛」の持ち主だということ。
赤毛を狙った連続殺害事件の
意外な真相に驚愕必至の
トリックミステリー。

1990年10月に刊行された
中西智明の当時22歳の
デビュー長編であり、
新寺仁シリーズ第1作。
(といってもこれ1作のみ)

「マリー」「裕二」「純」の
3つの事件が発生し、
各話の冒頭に
犯人の「赤毛」に対する
異常な憎悪が明かされる。

状況も人物も場所も
バラバラなのに、
犯人は同一の男性の犯行であることが
最初から提示されていて、
赤毛だから無差別に狙うのか?
そうではないのか?
この3つの事件が
どう繋がっていくのかという、
ミッシングリンクの謎が興味深い。

探偵役の新寺仁は、
私立探偵を始めたばかりの
25歳の青年。
未解決事件を推理したエピソードや
女子大生が殺された事件で
犯人は女子大生の方で
相手の男をバラして
ダストシュートから消失させたという
推理を披露し、
いきなり名探偵ぶりを発揮して
読者の心を掴む。

大学生・雷津龍蔵は
新寺の後輩で
あまり頭がよくないため、
勘違いしたり
とんちんかんな発言をして
見事なワトスン役を演じている。
新寺の妹の留衣との
甘酸っぱいやりとりも青春。

終盤に
3つのどんでん返しがあり、
どれも破壊力が凄まじい。
「なんじゃそりゃ!?」と
怒りだす人もいるだろうが
その意外性は必見。

文庫版表紙の
カバー絵に3D画像を使用して、
何かが浮かびあがる仕掛けがある。
読後にそれが見えた時、
もう一度「やられた感」を
味わえるのが素晴らしい。

欠点としては・・・

●外国ではないので
「赤毛」というのが
少しイメージしにくい。
物語を海外に設定した方が
納得しやすいのでは。

●章を分けず
空白行だけで
急に視点人物が変更したり、
そんなに大事な言葉でなくても
傍点がやたら多いので
読みにくく感じる。

●言いまわしに
アンフェアと感じる部分がある。

●消失トリックそのものは
やや期待はずれ。

●オチがバカミスっぽいので
くだらないと怒る人もいるだろう。

●3つ目のどんでん返しが
蛇足感がある。
それに最後はもっと綺麗に
まとめられたはず。

俺の感想は・・・

これは凄い。
かなりビックリした。

あやしい書き方は
たくさんあるので
わかる人にはわかるかもしれないが
俺は素直に驚けました。
書き方が上手い。

事件そのものの後味は
不穏な空気を残して
終わっているから
あまり良くない。

文庫の解説にあるように
3つのどんでん返しのうち、
2番目の
ミッシングリンクは確かに強烈。
ああそういうことか!と
思わず感嘆したが、
その後の補助的な真相も
かなり意外だったので
逆に最後のどんでん返しが
蛇足に感じてしまったかな。

余談だが
ユカちゃんが中西に
襲われる場面で少し興奮した。
作者と同名の人物を
登場させるやりかたは多くあるが
この作品の「中西智明」は
作者と同名である必要は全くない。
おそらく、
ユカちゃんの唇を吸って
ユカちゃんを犯したかったから
あいつの名前を中西にしたのだと
俺は推測している。

1990年にこのアイディアを
用いているのは
凄いと思うのに
隠れた傑作扱いなのは
あまり売れなかったからだろうか。
絶版にするには
惜しい作品だと思う。


★★★★☆ 犯人の意外性
★★☆☆☆ 犯行トリック
★★★★★ 物語の面白さ
★★★★★ 伏線の巧妙さ
★★★★★ どんでん返し

笑える度 △
ホラー度 -
エッチ度 △
泣ける度 -

総合評価(10点満点)
 9点






------------------------------







※ここからネタバレあります。
未読の方はお帰りください。
 









------------------------------





※ネタバレを見てはいけないと
書いてあるのに
ここを見てしまう「未読のあなた」
あなたは
犯人に最初に殺されるタイプです。
十分に後悔してください。

ネタバレ解説

〇被害者(犬) ---●犯人 ---動機【凶器】
マリー(犬)---●新寺仁---憎悪【撲殺:金槌】
裕二(犬)---●新寺仁---憎悪【絞殺:ビニールロープ】
(犬)---●新寺仁---憎悪【死体切断:鉈】

中西智明---●BB(尾藤獏)---憎悪【撲殺:置物】
オイさん---●同道堂裕子---憎悪【墜落死:橋の上】

結末
殺された赤毛の「マリー」は
赤毛の犬で、
「裕二」も「純」も犬。
しかも3匹の犬ではなく、
同じ1匹の犬が、
別々の場所で違う名前で
呼ばれていたのであった。

真犯人は探偵役の新寺仁。
昔の恋人・順子への憎悪を
赤毛の犬を殺すことで発散した。
まさか自分が乗り出して
事件に関わるとは
予定外だったが、
犯人役を死んだオイさんに被せて
さらに名探偵として
名声を得ることになった。

そんな矢先、
新寺の前に
新しい依頼人が現われる。
その美しい赤毛に
またしても衝動が
湧きあがってくるのだった。

3つのどんでん返し。  

この作品には、
大きくわけて
3回どんでん返しがある。

①まず叙述トリック。
「マリー」がBBに
ちょっかいを出されて
困っていたことを話す場面(P.245)で、
噛みつきそうになった話が出る。
ここで人間じゃなくて
であることがわかる。

②次に、
ミッシング・リンクの謎。
アジトの床に転がる
「裕二」の死体を見て(P.271)
3人が一斉に
{マリー!」「裕二!」「純ちゃん!」と
声をあげて、
3匹の犬が殺されたのではなく、
同じ犬だったことが判明する。

③最後に、
事件を解決した探偵の
新寺仁こそが
真犯人であったことが明かされる。
(P.295)
探偵=犯人

それでは一つずつ
ミスリードを
解説していきます。

<被害者が犬だった>

この叙述トリックは、
赤毛の女性が殺されたと思わせて
実は犬だったというもので、
最初から一言も「女」とは書かず、
赤毛の「死体」としか書いていない。(P.10) 

なるほど確かに、
「死体」と書くと
人間の死体のイメージだが
人間でも動物でも
「死んだ体は死体」である。

そのマリーを
犯人が「彼女」と呼んだり(P.10)
ユカがマリーを「カノジョ」と呼ぶ(P.12)のは
その犬がメス犬であるからだが
人間のように言うのは
やや反則ぎみ。

そもそも
赤毛の女と思わせる原因は
「順子」という裏切った女のことを
犯人がマリーに重ねて
衝動に走っている
のが大きい。

バンドメンバーが
あだ名で呼び合っていて
「マリー」という犬の名前が
紛れていても
違和感がない
のもポイント。
普通に考えて
ビルの3階のドアを開けて入ってくるなら
人間だという思いこみも大きい。

ユカの語りで、
マリーが鮮やかな赤毛であることが語られ、
登場人物の紹介欄で
「マリーを殺したかもしれない人々」とあるから
犠牲者がマリーだと
誰もが錯覚させられる。
 


しかも「マリー」自身の
プロフィールは何ひとつ
紹介せずに済ましているのが巧妙。

ただし、
物語の舞台である高塔市は、
赤毛の人間が多いという説明があるが
外国の血が入っていても、
日本で天然の赤毛は
ちょっと想像できないので
赤毛の設定はやや苦しい。


同道堂未亡人の「裕二」に関しては
彼女の精神状態の不安定さが
ミスリードの柱となっている。

メスの犬に、
死産した息子「裕二」の名前をつけ
人間と同じようにかわいがる。
名前を呼んで捜す姿は
子供を捜す母親の姿そのもの。(P.39)
 


裕二を授かった時の書き方
工夫している。

“そして、事故からちょうど十ヵ月という、余りにも皮肉な時間が経過したとき---その孤独には、素晴らしい終止符が打たれた。
神様は裕子に新たな息子を授けたのである!
裕子はその名を「裕二」とつけることに、いささかの躊躇も覚えなかった。”(P.47)

裕子が産んだとは一言も書いていない。
十ヵ月を妊娠の期間だと
勘違いさせる狙い。
ちなみに同道堂裕子も
美しい赤毛なので
赤毛の子供が生まれるだろうと
いうことは予想できる。
(裕子が赤毛でなければ
自分の子供ではない伏線になる)

そして
「裕二」を殺した犯人を
「人殺し」と呼ぶ。(P.62)
 

それは自分でも間違ったことだと
わかっていても
人殺しと呼びたい精神状態だった。

「純ちゃん」殺しでは
犯人の精神状態の方が
さらにおかしくなっている。

純ちゃんがうつぶせで
週刊誌の星座占いを見ている時に
犯人に鉈で殺される場面。
 

“本当に何もない室内。そして中央の床の上で、あいつが腹ばいで横たわっているのが見える。その燃えるような赤毛のうなじに、男は後ろから近付いた。顔の前にひろげた週刊誌が置いてあり、星座占いのページで自分の欄を捜しているようだった。
「---ジュン」
(中略)
「・・・!」
一瞬、相手のかっと見ひらかれた目が男の視界に入った。しかし、そのときもう彼の右手は、相手の首をめがけて鉈を振り下ろしていた。”(P.65)

完全に生きているように書いてあるが
とっくに死体である。
もちろん星座占いなんか見ていない。
あくまでも「ようだった」という例え。

週刊誌がちょうど目の前に
転がっているのは都合良すぎだが、
鉈を振り下ろす時に
かっと目を見開いていたのではなくて
ずっと見開いた状態だったのを
ここで持ち出してくると
まるで生きていて
驚いているように思える。
なかなか上手い書き方だ。

ただし、
犬自体が星座占いをする
生物ではない(できない)ので、
この書き方は「アンフェア」だと
俺は指摘しておきます。
(「パンを食べようとしているようだ」
とかなら犬も人間も
できることなのでフェアです)

「純ちゃん」のことを説明する場面では、
留衣がもったいぶって
「お、んなのこ」と言う。(P.90)
 

この時の会話は、
ジュンちゃんのことを
男か女か気になる龍蔵が
「ここで働いている男の人?」と
質問している。
ここで作者は、
龍蔵をからかう流れを利用して
「純ちゃん」が女の子で
「ここで働いている」ような
雰囲気を出している。
ブティックでバイトしている
女の子だと思った読者は多いはず。

この辺りになると、
新寺や留衣が
龍蔵が純ちゃんを人間だと
勘違いしているのを
楽しんでいるので
わざと「店員さん」(P.144)や
「マスコットガール」と
言って遊んでいる。

その結果、
龍蔵は「信頼できない語り手」の
見本のようになってしまった。

第二章(P.115)に、
急に病室の隣のベッドの
おばさん視点になる。
これは一瞬、
人物誤認か時系列を狂わせる
叙述トリックかと疑わせるが、
ただのレッド・ヘリングで、
おばさんは全く無関係だった。

なぜ視点変更したのかというと、
「マリーって人は、
本当に素敵な女性だったのね」と
第三者に「マリーが人間」だと
言わせたかったから。
 

叙述トリックの補強になっている。


それでは、
見破る伏線を振り返ってみる。

犯人がマリーの毛を触った時の感想。 
“おぞましい、その感覚。しかし、彼の感じるそれは、決して死人の髪が持つたぐいのおぞましさではなかった。”(P.11)

 →犬なので確かに「死人」ではない。

隣の部屋にあわてて隠れたのが
マリーではないと確信しているユカ。
 

“そんな、あのコがまさか、あわてて隣に隠れるなんてこと、するわけはない。あのマリーが、たとえ天地がひっくり返っても、そんなことはありえない。”(P.17)

 →マリーは犬なので
 ドアをパタンと
 閉められるはずがないのです。

マリーの死体発見場面、
明らかに人間の大きさではない。(P.34)
 

 →「毛のかたまりのようなもの」と
 表現されていて、
 人間の大きさではない。
 頭だけ切られて
 転がっているのだとすれば
 これで正解なのだが。

マリーの死体を見て倒れたユカが
救急車で運ばれたのに
殺されたマリーの死体を放置していた。(P.36)
 

 →ここの場面は明らかにあやしい。
 実は俺も思った。
 「あれ?マリーの方はいいの?」
 事件を隠すつもりなのかと
 その時は疑ったが
 よく考えたら
 犬の死体を救急車で
 運ぶはずがないですね。

「裕二」殺しでは
もっと大胆な伏線。
女が標的でなくてもいいから
赤毛だから殺すのだと犯人が言っている。 

“---「殺人」とは、人を殺すことを言うのだ。こいつらは人間なんかじゃない・・・。
男は、手のひらについたロープのあとをさすり、地面の上の死体を見下ろしながら、つぶやいた。
「赤毛だ」”(P.38)

 →確かに「殺人」ではない。
 人間を殺してもいない。

同道堂未亡人は流産して
医師から二度と子供を
産めないだろうと診断された。
それでも「裕二」を授かった。(P.47)
 

 →医師の診断が正しければ
 「裕二」は息子ではない。

警察が「裕二」殺しの犯人を
真面目に捜査しようとしない。
 

 →犬を殺した犯人を
 捜せと言われても困るだろう。

 ここで重要なのは
 死体が消えているから
 本当かウソか
 警察が判断できないこと。
 そのために
 バカバカしい事件という
 扱い方になっているのが上手い。

ブティックの店主・蘭出さんが
風邪をひいてお店を閉めた。
純ちゃんが来たかどうかも知らない。(P.143)
 

 →純ちゃんがお店のバイトなら
 閉めるのではなく
 代わりに店番を頼むのが普通。

留衣と蘭出さんが
純ちゃんが来ないか
路地の先を見る場面。
 

“龍蔵が言うと、ふたりは道の遠くを見やるようにして、うなずいた。その目は、今にもそちらから、純が遅れて駆けてくるのではないかと期待しているようだった。
だが、そろそろ活気付きはじめた街の路地には、こちらへ駆けてくる野良犬一匹の姿さえ、見えはしなかった。”

 →純ちゃんのことを知っている
 2人が待っているのが
 まさに「野良犬」であった。
 ここで犬という言葉を出すのは
 なかなか勇気がいる。
 大胆だなぁ。

新寺が下のブティックに通う
純ちゃんのことを
「そんなのがいたな」扱い。(P.147)
 

 →ずいぶん冷たい言い方だが、
 自分が殺した犬だからね。

⑪同道堂裕子が
オイさんの家で
裕二の耳を発見する場面。
引きちぎられた耳に
赤毛がついていて
「裕二」の耳だとわかる。(P.177)
 

 →耳だけというより、
 耳のまわりの頭の皮も少し
 引きちぎられている。
 人間と犬の耳の違いは
 耳本体に毛が密生していることだ。
 いくら引きちぎったからって、
 それほど赤毛が
 ついてくるとは思えないので
 人間ではないと考えられる。


この叙述トリックは
実は犬だった、という
脱力系のオチなので
人によっては
ふざけんなと怒る人もいるでしょうね。


<3匹の犬が同じ犬だった>

殺された「マリー」「裕二」「純」は
3匹の犬ではなくて、
同じ1匹の犬だった。

これは動物だから
違和感なく可能なトリック。
人間はそれぞれ生まれ持った名前がある。
しかし動物は、
飼い主が勝手に名前を付ける。
動物本人の意志と無関係に
周りが勘違いするという状況を
生み出すことができるのは面白い。

「マリー」(女)と
「裕二」(男)という
名前だけでも
別人(別犬)だと思わされる。

ちなみに、
P.160に「別人」という謎のパートがあり
警察の係官の視点になるが、
これはたいして意味は無い。
死体が3つあることを強調して、
同一の犬ではないと
思わせるため
に入れてある。

どんでん返しは
大きく分けると3つだが、
個人的には
このミッシング・リンクが
一番驚けるし、
その補足となった
実は雑居ビルの隣が空き地という
距離の誤認が盲点だった。

同道堂未亡人が
北区の南端まで捜しに来て、
そこがちょうど
ZERO-ZEROのビルだとは・・・

「マリー」の死体を
窓から投げ落としさえすれば
「裕二」の死体になるのだから
これはよくできていると思った。

P.187の北区の地図に、
関係ない「同道堂家」や
「別の事件の主婦宅」や
「らいつビル」を記入して
かなり距離が離れているように
目くらまししているのも巧妙だ。
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3



<探偵が犯人だった>

最後のどんでん返しは
探偵役の新寺仁が
犯人だったというもの。

犯人パートで
自分を「オレ」と言っているが
新寺は「私」呼び
だし、
これはなかなか予想し辛い。
読者は探偵を信頼するしかないので
それが裏切られるのは
結構ショックが大きい。


ミスリードとしては、
犯人を
BBだと思わせるものと
オイさんだと思わせるものと、
龍蔵だと思わせるものがある。

BBは最初から
やけにあやしい動きをしている。
ずっと窓枠に腰掛けて、
ギターケースに触るなと怒ったり、
ついでに名前も怪しい。
でも実はコレ
いつものBBの癖なので
何のトリックでもなかったというオチ。

オイさんだと思わせるものは、
P.138の犯人パートの動きが
完全にオイさん。 


龍蔵が犯人だと思わせる
最大のフェイク。
「最高に安らかな眠り」(P.208) 
犯人が「最高に安らかな眠り」について
龍蔵が「最高に安らかな眠り」から
目覚めたのは狙いすぎ。

P.98で犯人が左手に腕時計をはめていて
P.143で龍蔵がわざとらしく
腕時計で時刻を確かめていたり、
「ふたりいるのは問題でしょう!」と
変なところで話題をぶり返したり
謎な行動が多い。

というか、
龍蔵は事件に対して
完全に勘違いしているので、
普通なら犯人なわけがないのだが、
裏を読みたがる人には
ミスリードだったのかもしれない。

新寺があやしいという伏線は、
犯人の犯行後の葛藤で
「仕事のストレス?そんなものが
たまっていたはずがない」という場面。(P.138)
 

 →確かにまだ仕事を
 してないから。

龍蔵が北区の地図を書いた時、
新寺の手帳の地図が頭に浮かぶ。(P.186)
後に同道堂裕子が
北区の地図を入手する。(P.202)
 

 →2つの地図に使われた紙は
 同じ新寺の手帳だと推測できる。

留衣が新寺に写真を渡したが
そもそもの事件の原因が
この写真の人物だった。(P.87)

 →この写真を渡すシーンは、
 一見無関係なように見えて
 実は重要な伏線。
 公川順子は新寺仁の
 いとこだったらしい。

欠点の補足。 

この作品の
気になる部分を挙げるとすれば、
最後のどんでん返し。

探偵役=犯人をやるなら、
最後は新寺が独白するのではなく、
留衣ちゃんに
「兄さんが犯人でしょ?」と
言わせて欲しかった。

留衣も頭が良いのだから、
兄の嘘を見破って、
本当の名探偵はこっちだったのかと
驚かせてくれたら
もっと評価は上がっただろう。

それと、
同道堂未亡人は
裕二を拾った時、
死にそうだったのを助けたとある。
死んだ息子の名前までつけて
可愛がっているが、
居なくなって心配するくらいなら
放し飼いにすんなよと言いたい。


文庫版の表紙の3D絵。  

文庫版のカバー表紙には
3Dグラフィックの仕様になっていて、
目の焦点を合わせないで見続けると
「あるもの」が浮かび上がって来る。

最初は見えなくても
諦めずに
1分くらいジーッと
見続けてほしい。


その「あるもの」とは、
「左向きの3匹の犬」 

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4


3匹に見えるのは
奥行きの立体感のためで
実際は1匹の犬なのかもしれない。

まさにこの作品の
メイントリックそのものなので、
これが見えた時
「うわ~やられた」と
俺は感嘆してしまった。

この表紙の装丁のためにも
復刊されたノベルス版より、
こちらの文庫版の方をおすすめしたい。

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