『最後のトリック』を
読んで以来の深水作品。
単行本でも持っていますが、
文庫化されたので読んでみた。
『美人薄命』
深水黎一郎(2013年)
美人薄命 (双葉文庫)/双葉社
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¥640
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単行本の帯。
「“殺される運命”と知っていた。それでも愛していた---」
文庫の帯には
「真実を受け入れた時、世界は反転し涙があふれだす。」
俺の中では
評価の低い作家。
この作品でも
その評価が覆されることはなく
ただの「帯詐欺」でした。
あらすじ
それは遠い昔のこと。
子供のできないカエは、
先妻の残した
3人の子供の世話をしながら、
姑に言われて薪割りをしていた。
カエは戦争で両親と
許嫁だった五十治(いそじ)さんを亡くし、
薪割りで飛んできた木片が
右目を直撃して
右目の視力まで失ってしまう。
先妻のミツと比べてくる
姑のいびりに耐えながら、
それでも健気に生きる。
五十治さんさえ生きていれば
こんな苦しい生活をしなくても
よかったのに……
~~~~~~~~~~~~~
大学生の磯田総司(いそだそうじ) は、
レポートで「老人福祉問題」を
取りあげて提出したら、
指導教授に
こんなお粗末なレポートでは
進級できないと返されてしまう。
そこで、
老人福祉の
ボランティアを体験するため、
公民館で行われる
「ひまわり給食サービス」を訪ねた。
ここでは、
月に2度、
1日と15日の日に
ひとり暮らしの老人の家を回って
お弁当を無料で配達するという
サービスを行っている。
若い女性がいないかと期待したが
リーダーの杉村さんを始め、
中年の主婦ばかりでがっかりする。
……と思っていたら、
隅の方で元クラスメイトの
沙織ちゃんらしき姿を発見!
時間がないので、
確認できなかったが
沙織ちゃんは中学時代は
クラスのマドンナ的存在で
まさかこんな所で会えるなんて。
これが運命ってやつかと
期待に胸を膨らませながら
愛車のバイクに跨り、
弁当を配りに出発する。
行く先々で
いろいろな老人の反応があった。
総司を見て不審な目を向ける者、
息子の嫁の悪口を聞かせてくる爺さん、
弁当の容器をやたら綺麗にして
返してくる羊みたいな老婆、
「オンカメ様」に
お祈りを始める老婆……
そして最後に
古い木造アパートへ到着。
ここに住む割烹着の老婆は
右目を怪我して片目だった。
名前は内海カエ。
年齢を聞くと84歳だと答えた。
東北なまりの口調で
大福を食っていけと話かけてくる。
この家が最後なので
少しくらいならと
中に入ってお茶をすする総司。
片目なので
ヤカンを火にかける時、
顔を近づけすぎて危なっかしい。
「よかおのこじゃの」と、
どうやら総司を
気に入ってくれたようだ。
~~~~~~~~~~~~
カエが6歳の小学生の時、
五十治に出会った。
五十治は一つ上の学年。
カエにとって初恋だった。
高校を卒業した五十治が
東京の大学で
国文学の勉強をしていたが
郷里に戻って召集令状を受けた。
カエは町外れの工場で
戦闘機の翼を作っていて、
五十治が出征する前日にやっと
2人きりで川べりを
散歩する機会が訪れた。
初めて五十治の手を握る。
「この戦争は負けるよ」
それでも国のために
喜んで死んでくると言う五十治。
「僕の分まで幸せになってくれよ」
そう言って学生服のボタンを
カエに渡して去っていく。
翌日の見送りで
一瞬だけこちらを見て
微笑んでくれたのが
五十治を見た最後の姿だった。
五十治はフィリピンの
水上特攻で戦死した。
終戦後、
カエは知人を頼って
旅館の住み込みとして働き、
3年後に
先妻と死別した呉服屋の跡取りと結婚。
しかしこの結婚は失敗だった。
カエは働き者だったが、
夫と姑はカエを人間のように
扱ってくれず、
まるで家政婦のような扱い。
右目を失ってからは、
仕事の失敗が多くなり、
それがさらにひどくなった。
~~~~~~~~~~~~~~
あれから2週間後、
2度目の配達サービスに出発する総司。
羊のような婆さん、
オンカメ様の婆さん、
前と変わらずだ。
カエ婆さんは、
今日も大福とお茶を用意している。
カエ婆さんが
キセルで刻み煙草を吸うとき、
振りすぎたマッチの先の火が
飛んでいくのを見てぎょっとした。
畳の上にはいたるところに
焦げた痕がある。
よく火事にならなかったものだ。
カエは左目の視力もなくなりつつあり、
もう生きる気力が無く、
一刻も早くお迎えが来てほしいと話す。
自分のことを「美人薄命」と
真面目な顔で冗談を言うので
総司は笑ってしまう。
公民館に戻った総司は、
やっと沙織と話ができた。
沙織も総司のことは覚えていたようだ。
さっきのカエ婆さんのギャグを
沙織に話していい雰囲気に。
笑いのツボが一緒なのが嬉しい。
それから2週間後、
総司は今日で配達を
最後にするつもりだったが、
配達途中にトラブルが発生する。
配達のお弁当が
何者かに盗まれたのだ。
その時、
このお弁当が老人のために
いかに改良して
食べやすい工夫がしてあるのかを
知ることになる。
一軒一軒、
謝罪の言葉と
代わりの弁当を配って回る杉村さん。
便が詰まって動けない老人の
排便を手伝ったりもした。
どうしてそこまで
赤の他人に一生懸命になれるのか?
杉村さんは
自分の財布に大事にしまっていた
お弁当の割り箸の袋を取り出す。
そこにはこう書かれていた。
「おべんとうとてもおいしかったですよ。
いつもほんとにありがとうございました」
これを書いたお婆さんは
最期にそう書き残して
看取ってくれる人もいない部屋で
死んでいた……
死期を悟ったおばあちゃんの
感謝の言葉に胸が詰まる総司。
給食サービスは
一軒一軒回ることで
孤独死を防ぐ目的もある。
ボランティアは
金持ちの道楽だと思っていた総司。
今日で辞めるつもりだったが
まだ続けてみようと思い直す。
そんなある日、
内海カエの名前をアナグラムしたことで
「エミウ勝つ」
馬券が大当たり。
カエにお礼を言いに
家を訪ねてから、
さらに仲良くなり
打ち解けた話をするようになった。
総司はカエに質問する。
好きな人はいなかったのか?
旦那さんは?
家族はどうしたのか?
カエ婆さんは過去の話を語る。
好きだった五十治さんのこと。
戦争で水上特攻で死んだこと。
一度だけ手を繋いだ幸せ。
戦後の苦労。
姑のいびり。
片目を失ったこと……
改めて戦争について考える総司。
しかし、
その2週間後。
カエの身に悲劇が訪れる―――。
解説
弁当配達の
ボランティアを始めた大学生が、
古いアパートに一人で住む
カエ婆さんと出逢う。
家族と片目を失ったカエは、
愛する人と結ばれなかった
過去の回想を語り始める。
そこには秘めた想いが……
戦争と老人福祉をテーマに、
主人公の心の成長を描いた
ヒューマン純愛小説。
深水黎一郎の第9作目。
ノン・シリーズだが、
登場人物の内海カエは
「ジークフリートの剣」にも
出演している。
主人公の磯田総司を中心に物語が進み、
各章の冒頭には
旧仮名遣いの内海カエの回想が入る。
この回想では
戦時中の動乱を描いており、
カエの想い人の五十治との
淡い恋模様と、
戦後の苦しい人生が語られる。
磯田総司は
髪を染めた今時の大学生で、
軽い気持ちで老人福祉をテーマに
レポートを出したが
突き返されてしまい、
それをきっかけに
ボランティアを体験するため
いやいやながら弁当配達の
仕事を始めることになる。
その中で出逢ったカエ婆さんは、
変なギャグで総司を笑わせたり
次第に親密になっていくが、
金銭面で爪に火をともすような
生活を送っていたり
切手のない封筒が玄関にあったり、
謎の多い老婆だった。
やがてカエの口から
過去のことが語られ、
総司はその裏に隠された
真実の物語を知ることになる。
単行本の帯に
「“殺される運命”と知っていた」
とあるが、
これの意味がわかると
なんとも切ない。
※厳密には「殺意はない」ので
殺されるという
表現はおかしい。
「“死ぬ運命だった”と知っていた」
としたほうが正しい。
ミステリ要素は無いに等しい。
期待しすぎると
肩すかしを食らうだろう。
欠点としては……
●ところどころのギャグが
クソつまらない。
「ガンジーが助走をつけて
殴りにくるレベルの~」など、
寒い言いまわしに苦笑い。
●ミステリーを期待したのに
これじゃない感が強かった。
意外な結末でも
どんでん返しでもない。
●お婆さんの特殊能力の設定が
ファンタジーすぎて浮いている。
●泣くほどの感動は無い。
●急に出てきてドヤ顔で説明する
探偵役に萎えた。
●沙織は何のためのキャラなのか?
あんな設定にする必要がどこにあるのか?
女は嘘を吐く者という伏線なのか?
杉村女史も鶴さん民生委員も
最後には関わってすら来ないのは
かなり無駄な役なのではないか。
●アナグラムと暗号が苦しい。
俺の感想は……
純愛とは言うものの、
男目線からしたら
気持ち悪さしか感じない。
そのため俺には、
この作品の魅力を
感じることができませんでした。
唯一良かったのは、
杉村女史の割り箸の袋のエピソード。
あそこだけ胸を打たれるものがあった。
ラストは
主人公の成長を感じられて良かった。
成長ドラマとしてなら
そこそこ評価できるが、
ミステリーとしては物足りなさが残る。
☆☆☆☆☆ 犯人の意外性
★☆☆☆☆ 暗号トリック
★★★☆☆ 物語の面白さ
★★★★☆ 伏線の巧妙さ
★★☆☆☆ どんでん返し
笑える度 △
ホラー度 -
エッチ度 -
泣ける度 △
総合評価(10点満点)
6.5点
――――――――――――――――――――――――――――
※ここからネタバレがあります。
未読の方はお帰りください。
――――――――――――――――――――――――――――
※ネタバレを見てはいけないと
書いてあるのに
ここを見てしまう「未読のあなた」
あなたは
犯人に最初に殺されるタイプです。
十分に後悔してください。
●ネタバレ解説
〇被害者 ---●犯人 ---動機【凶器】
(なし)
結末
カエの話した過去の話や
五十治のことはほとんどが
嘘の物語だった。
嘘をついた理由は、
総司に恋をしたために、
妄想の中で総司を五十治に重ねて
ささやかな幸せを得るためだった。
アパートの火事で
カエは死んだが、
実はそれも予見していて、
総司にお姫様だっこを
してもらいたいという
最後の願いを叶えて
死んでいくことを選んだ。
カエの気持ちを知った総司は、
五十治の代わりに
自分の学生服のボタンを
カエの骨と一緒に眠らせる。
遺産は給食サービスに全額寄付した。
そして、
五十治の書いた
「辞世の句」の暗号を解き、
五十治もまた
カエのことが好きだったと知る……
●回収された伏線。
この作品は
「純愛ミステリー」と
謳ってあるが
どこがミステリーなのか
わかりにくい。
辞世の句の暗号や
名前のアナグラムは明白だが、
この作品の最も大きな仕掛けは
「内海カエの嘘」だ。
重要なのが
この物語の登場人物の
ほとんど全員が
裏の顔や見た目と違う中身を
持っているということ。
◆磯田総司
……チャラそうな外見だが、
中身は真面目な好青年。
◆杉村女史
……ボランティアのリーダーで
しっかりしていて優しいが、
裏では若い男が好きと噂がある。
◆大島民生委員
……うわべではいいことを言うが、
総司がすぐ辞める方に賭けていた。
◆沙織
……クラスのマドンナだったが、
クスリに溺れて高校中退、
結婚後は夫の出張中に
AV墜ちする。
◆竹之内<鶴>
……総司を心配する優しさを見せるが
杉村の悪口を吹きこんでくる。
◆末長弁護士
……真面目そうな態度だが、
総司が詐欺まがいの行為を
しているのではと疑っていた。
◆白浜優子
……コーヒーを運んでくる秘書かと
思っていたら、
弁護士で探偵役だった。
◆黒木五十治
……結婚していながら
実はカエのことを想っていた。
◆タイトル「美人薄命」
……と言いながら
長生きしている老人が主役の小説。
これらの特性はすべて
カエの話も嘘ですよという
伏線として繋がっている。
ここまで徹底しているのは
見事だと思うが
普通の読者には
わかりにくいだろう。
◆内海カエ
……貧しい片目の老婆だが
実は金持ち。
総司に恋心を抱いていた。
カエが総司を好きだった伏線は
宅配便のトラックが三回通ったことが
証拠になっている。
“「あんさん、あたしに高いそうめん送らねっけが?」
「えっ、俺が?いや、送ってないよ」
「んだがした。一昨日宅配便のトラックが三回もこの前を通ったからよ」
「そりゃあ一日に何度も通ることだってあるだろうさ」”(P.210)
→宅配便のトラックは重要ではなく、
それだけカエが
外の物音に注意を
払っていることに注目。
総司が来るのを
心待ちにしているのがわかる。
カエの回想は作り話だった。
呉服屋の跡取りと結婚しただの、
姑にいびられただのという話は嘘。
片目の視力を失ったのも
先天緑内障が原因。
しかし
五十治に関することは
ほぼ事実で
昔から片想いしていた。
(両想いだとは気づいていない)
結婚した五十治を
遠くから見つめることしか
できなかったカエ。
一度も手を繋ぐこともなかった。
お姫様のように抱えてもらえたら
どれだけ幸せだったことか……
“カエがたつた一度で善いから五十治さんにお願ひし度かつたことがある。其れは横抱きだ。外國の結婚式の寫眞などで見たことのある、タキシード姿の新郎がドレス姿の新妻を横向きに抱へ上げる、あれだ。”(P.65)
→その夢が叶う瞬間がある。
アパートが火事になり、
逃げ遅れたカエが
動けないのを見て
総司のとった行動が―――
“「……逃げようとした時に、ギックリ腰を、やってしもうた……」
「よし!」
総司はカエ婆さんをそのまま両腕に横抱きに抱きかかえると、外へ走り出した。”(P.199)
→念願のお姫様だっこ。
ここの伏線回収はよかったです。
総司が競馬で当てた
「エミウ勝つ」→「内海カエ」
このアナグラムが
そのまま五十治の話の伏線になる。
「イソダソウジ」→「イソジウソダ」
「磯田総司」→「五十治嘘だ」
カエは総司のアナグラムの話を
聞いてから「五十治嘘だ」の話を考えた。
五十治という人物がいたのは
偶然だったのだが、
「五十治嘘だ」という言葉が
アナグラムで出来たので
そこからカエは総司に
「嘘の作り話」を語り始めた。
つまり「五十治嘘だ」にならなかったら、
カエは嘘の回想を
語っていないはずである。
もうひとつ
重要なポイントがある。
実際のカエの回想は
第三章のP.164から始まっているのだが、
読者は冒頭の第一章から
それを目にしていて、
五十治という人物を
総司より先に知ってしまう。
そのために、
五十治の名前からアナグラムして
磯田総司になるのでは?と
思いこまされる。
その結果、
「総司はカエと五十治の孫」だと
刷り込まれる原因にもなっている。
俺もてっきり、
総司は孫なんだと思っていた。
「磯田総司」のアナグラムを
「ソウダイソジ」→「宗田五十治」だと
思いこんでしまった。
でもこの孫パターンは
よくある話なので、
こっちの展開で正解だと思う。
ちなみに
最後の辞世の句の暗号は、
「打ち見歸」→「ウチミカエ」→「内海カエ」
ちょっと苦しい。
●思わせぶりな伏線が回収されていない。
伏線回収の良い部分があれば、
投げっぱなしに見えるものもある。
上で挙げたような、
総司はカエの孫パターンのように
思える伏線が多い。
カエが東北出身で
総司も秋田出身だったり、
五十治と総司の顔立ちが似ていたり、
バイクの趣味も同じ、
照れて左手で頭をかいたり、
いかにも孫のように思わせているが
結局違っていた。
カエが雨の上がった夜の10時~11時に
人を視ることができるというのも、
この作品だけでは意味がわからない。
その能力が本当なのかも確認できない。
(一度も披露していないため)
そのため、
火事を予見していたのに
なぜ逃げなかったのか
うまく伝わっていない。
(お姫様だっこして
もらいたかったためです)
謎の改造バイクの正体や、
弁当泥棒の犯人も
結局不明のまま捕まらず。
杉村女史に気をつけてと
言われたのに
結局何のアプローチもなく、
沙織もビッチが発覚した途端に退場。
深く掘り下げることもなく、
何だったんだ?と思う人も多そう。
他の作品とリンクしている部分も
あるのだろうが、
この作品の中で回収できなければ
伏線回収が下手と思われても
仕方のないところ。
●欠点の補足。
①辞世の句が五十治の書いたものだと
どうして気付いたか
その根拠が全く書いてない。
この句が
五十治にしか詠めないという
理由もない。
あら不思議。
②「嘘でした」という脱力系オチは
やっぱり止めてほしかった。
③「ガンジーも助走をつけて
全力でタコ殴りにするレベルの~」は
どうにかならんのか。
今の若者がガンジーって……
④正直な話、
俺には老婆が青年に本気で
恋をすることに対して
気持ち悪さが先行して、
すごく受け入れ難い。
客観的に見てもキモイでしょ?
老人と老人ならいいんだけど、
老人と若者となると
ないわーって引いてしまう。
いい年こいて
アイドル応援してる俺が
言える立場じゃないけど。
けれどもし、
カエと同じ状況で優しくされたら、
俺も勘違いして
手を出すかもしれないなぁ。
そして警察で
たっぷり事情を
聞かれるんだろうなぁ。
●結末の考察。
カエは五十治を
2人の俳優に例えている。
①佐田啓二(さだけいじ)
……中井貴一の父。37歳で死亡。
②赤木圭一郎(あかぎけいいちろう)
……「こち亀」中川圭一のモデルになった人物。
21歳の若さで亡くなった。
2人とも若くして亡くなっているのが
五十治のイメージに重なる。
それは同時に
総司にも重なるということ。
2人とも乗り物で事故死している。
五十治は水上ボートで特攻した。
総司も一度はトラックに
はねられそうになったが、
カエの忠告で命拾いしている。(P.89)
この伏線を回収するのなら、
残念ながら、
総司もバイク事故で
若くして亡くなるだろうという
俺の余計な考察を付け加えて
終わりにしておきます。