入ったが最後、姿を見ることは二度とない。
『兇人邸の殺人』
今村昌弘
(2021年)
『屍人荘の殺人』は傑作だが
『魔眼の匣の殺人』で評価を下げた。
ここらへんで盛り返してほしい第3作。
あらすじ
監獄のような建物を前に
ためらう「私」
あの人はあそこで待っている。
私にとってただ一人の大切な家族が――。
~~~~~~
神紅大学一回生の俺、
葉村譲(はむらゆずる)は
同期生の小山と矢口を相手に
ミステリ愛好会の新歓の話をしていて
葉村の出す「謎解き」を解いたら
愛好会に入会すると言う。
どうせこいつらは同じミス愛の
剣崎比留子(けんざきひるこ)さんが
目当てだろうから
少し難しいクイズを出してやった。
俺が今日の午後の特別講義に
ギリギリで駆け込んで来て
「踏んだり蹴ったりだ」と言ったのはなぜか?
小山と矢口は考えた末、
朝飯を抜いた俺が
昼飯をがっつり食べたくて
近所のレストランまで行ったが
そこで財布を忘れたことに気づいて戻り
やっぱり学食で食べたという推理。
惜しいが正解ではない。
「踏んだり蹴ったりだ」はミスが2つあり
財布忘れともう一つあったのだ。
それはもう1件の店に寄って
ITCカードが使えなかったこと。
細かくて申し訳ないが不正解。
まだ新入部員を入れるつもりはないんだ。
古本屋に行く途中で
比留子さんから着信があった。
班目機関に関することで
今すぐ来てほしいとのこと。
着いたカラオケボックスには
比留子さんの他に2人の男がいた。
40代の落ち着いたハンサムな男は
成島IMS西日本の社長
成島陶次(なるしまとうじ)。
もう1人の30代の男は
秘書の裏井(うらい)。
成島IMS西日本という会社は
かつて班目機関に
資金援助していた企業の1つで
ある人物が重要な物を秘匿していて
それを回収するのに協力してほしいと言う。
比留子さんの「災いを呼ぶ体質」を
聞きつけてそれを利用したい考えで
比留子もちょうど危険な周期なので
準備していれば守ってもらえるし
班目機関の情報もほしい。
そこで両者の思惑が一致したそうだ。
実行は今夜!
危険だからついてこなくてもいいと言われたが
俺は「行きますよ、もちろん」と答えた。
俺たちは裏切り防止でスマホを渡して
1台のトラックに乗り込んだ。
トラックの中には
5人の屈強な外国人の男女が座っている。
今回の仕事のために雇った傭兵で
全員日本語を話せる者を集めたという。
角刈りの銀髪の50代の男が「ボス」
日系三世の30代の男「アウル(梟)」
肥満気味の金髪で衛生兵を兼ねる「チャーリー」
スキンヘッドのアフリカ系の男「アリ」
ラテン系の陽気な女性は「マリア」と名乗った。
運転手は「コーチマン」、御者という意味。
アウルが集めたメンバーでそれぞれ初対面らしい。
目的地は馬越市の
「馬越(うまごえ)ドリームシティ」という
古いテーマパークで
退廃的な雰囲気がSNSで
「生ける廃墟」として話題になった。
所有者の斉藤玄助は40年前
不木玄助(ふぎげんすけ)という名で
班目機関の研究者だった。
不木は園内の「兇人邸」で
使用人と隠居生活をしている。
トラックは途中で従業員の
グエン・ヴァン・ソンという
東南アジア系の青年を乗せた。
彼が言うには数ヶ月に一度、
不木に「兇人邸」に呼び出された仲間が
それっきり出て来ない。
中で何が行われているのか。
次は自分が……という恐怖で
内通者として協力することになった。
そして今夜「兇人邸」に来るようにと
不木に呼び出されたので
急遽、侵入することに決まったという。
~~~~~~
人間らしい機能を忘れた私は前進する。
ピーッという笛で倒れた私を計測している。
「ケイ、お疲れさま」
羽田先生が私をねぎらう。
ここは山中の研究施設。
羽田先生は人の能力アップの研究者で
ここには10歳から13歳までの子供が
被験者として集められて
体に処置を施され
普通に勉強しながら生活している。
私は6歳からここに引き取られて7年目。
しかし私の成績は芳しくない。
友人のジョウジはコウタと喧嘩して
コウタの鼻の骨を折ったという。
体力測定の結果で
コウタをからかったのが原因。
コウタは真面目で大人しい子なのに……。
職員室から不木先生の怒鳴り声が聞こえる。
近く機関の人が研究を視察に来るそうで
羽田先生の評価ばかり高いことが不満らしい。
不木先生はまだ人に試せるほど
研究がコントロールできなくて
猿ばかり使って実験しているから
私たちは「猿先生」と呼んでいる。
その夜、
星空を見ようと中庭に行くと先客がいた。
大人が子供に何か話をしている。
大人の方が不木先生で
子供の方は誰かわからなかった。
何か嫌な予感がした――。
~~~~~~
トラックがドリームシティの園内に入る。
俺たちは外へ出て
ボスたちは拳銃とライトと
トランシーバーを手に屋敷に向かった。
背の高い柵に囲まれた「兇人邸」
窓には鉄格子がはまっていて
まるで監獄のようだ。
通用口でグエンが会話して
鍵が開いた瞬間に
猛然とボスたちが中に駆け込む。
俺が遅れて中に入ると
70歳くらいの老人を押さえつけていた。
この人物が不木玄助か。
「あんたが隠しているものを渡してもらおう」
成島が言うと
観念したのか不木は鍵を渡して
通用口と広間の機構を動かすには
この鍵が必要だと言って案内を始めた。
そしてここで成島の目的が
40年前に起きた研究所の事故の際に
不木が連れ出した
被験者を探しているのだと判明する。
「あの子は地下、格子の先にいる」
そう言って東の格子を上げた。
コーチマンが鍵を持って
通用口の外で見張り役で残り、
屋敷にいる2人の使用人はマリアが見張る。
そして俺たちは不木の案内で地下へ下り
電気のない通路をライトで照らしながら進んだ。
鉄扉を開けるとひどい悪臭がした。
中庭のような広い場所にドラム缶が1つ。
天井は吹き抜けになっていて
擦りガラスの天井になっている。
グエンが悲鳴を上げた。
転がっていた岩だと思っていたものが
人間の頭蓋骨だったからだ。
これは消えた従業員の頭蓋骨なのか?
そこでトランシーバーで
コーチマンから連絡が入る。
剛力という名のフリーライターの女が
屋敷に侵入しようとしたので拘束したとのこと。
ボスはコーチマンに
その女を連れて広間で待機しろと指示。
不木は狂気の中の正気こそが奴らを殺したと
わけのわからないことを口走るので
不木を急かして右の扉を開けて先に進む。
~~~~~~~
長い期間ドリームシティを調べて
やっと侵入したのに先客がいたなんて。
私を捕まえた外国人は
コーチマンと呼ばれているようだ。
彼が私の名前を聞くので
「剛力京(ごうりきみやこ)」
フリーライターだと答えた。
この屋敷のどこかに彼はいる。
そう思って広間で待っていた私たちの前に
通路の奥から現れた“それ”は
コーチマンに襲いかかった!
~~~~~~
突然「あああああぁーーーっ!」という悲鳴。
広間にいるはずのコーチマンの声だ。
地下をぐるりと回って広間に近づいていたが
広間に出る階段には鉄格子が下りている。
人間の片腕が落ちていて
コーチマンも剛力という女の姿も見えない。
どこかで銃声がした。
トランシーバーにコーチマンの絶叫が響く。
「助けてくれぇ!あいつが追ってくるんだぁ!」
急いで元来た道を戻る俺たち。
ガラーンガラーンと鐘が鳴る音が聞こえた。
「鐘楼だな」と不木が言う。
さっきの中庭の左の扉の先にあるらしい。
「首塚」と呼ばれる中庭に戻る。
両開きの鉄扉の向こうから足音がする。
やがて扉が開き
コーチマンの頭を持った巨人が現れた。
頭に頭陀袋を被り
左腕が無くて腰に大鉈がぶら下がっている。
これが……被験者、なのか?
チャーリーが発砲すると
成島が殺すなと忠告する。
次の瞬間、
巨人はものすごい速さで襲いかかり
チャーリーを踏みつけて
その首を大鉈で斬り落とした。
銃を乱射するが効かず、
体格のいいボスですら吹き飛ばされる。
その隙に不木の姿が見えなくなっていた。
俺は落ちたトランシーバーを手にする。
マリアがどうしたのか心配そうに
聞いてくるが答える余裕がない。
比留子を探したが
この混乱の中どこにいるかわからない。
「葉村君、行って!」
比留子さんは反対側の奥にいるようだ。
成島や裏井が逃げるので
仕方なく俺も鉄扉の外に逃げ出した。
~~~~~~
通用口の鍵はコーチマンが持って行った。
外には出られないと悟った私は
広間から広い通路を進み
その先にある金属扉の部屋に入った。
誰かの気配を感じた私は
出窓のカーテンの裏に隠れる。
不木玄助が戻って来た。
「馬鹿どもが。今さら研究を奪いに来ても遅い。あの子の供物になるがいいわ」
地下を監視していたモニターや電話機を壊し
何かに思い当たってファイルをめくり
目的の書類を暖炉で燃やす。
私はすべてを知るためにカーテンから出て
そして犯行を行った――。
~~~~~~
1人になった俺はライトもなく
仕方なく首塚の近くの部屋に入り
暖炉の煙突の中に隠れた。
トランシーバーから
巨人に追われるアリの声がする。
巨人は暗闇でも平気で動けるらしい。
直後に悲鳴と物音。
やがて巨人が部屋に入ってきたが
俺は息を潜めてなんとか巨人をやり過ごした。
恐怖の一夜が過ぎ
朝になった。
生き残った一同の中に
比留子さんの姿はなかった……。
グエンもいなかった。
さらに不木が死んでいると聞いて
死体を見て呆然となる。
人間のものと思えぬ力で
首が切断されている。
ここにも巨人がやってきたのか。
使用人が言うには
首塚のガラス天井から光が差し込むため
日光を嫌う巨人は
日中は別館から出て来ないらしい。
使用人の50代の女は
阿波根令実(あわねれみ)。
もう1人の使用人は
雑賀務(さいがつかさ)という
無精髭の大柄な男だ。
跳ね橋は鎖を切らないと動かないが
それをすると巨人が外に出てしまい
無関係の客を襲ってしまう。
俺たちもただでは済まないだろう。
スマホはトラックに置いて来て
外部に連絡する手段もない。
唯一の出口、
通用口の鍵はコーチマンが持っていた。
死体は別館の鐘楼にあるため
別館の巨人をかわして
命懸けで取りに行かないと不可能。
物理的と心理的な
二重のクローズドサークルに
閉じ込められた俺たちは
比留子さんを助けて
生きて脱出できるのか――?
作品解説
前回の事件から3ヶ月後、
班目機関の研究資料を求めて
深夜、成島と傭兵たちと共に
廃墟テーマパーク内に建つ
「兇人邸」に侵入した葉村譲と剣崎比留子。
しかしそこで待ちうけていたのは
侵入者の首を大鉈で斬る
異形の怪物だった。
大混乱の夜を生き延びた葉村だが
比留子とはぐれて消息がわからない。
唯一の出口の鍵を持っていた人物が
怪物の住処で殺されたため
鍵を取りに行くことも難しい。
しかも別の場所で殺人事件が発生し
この中に殺人犯が紛れ込んでいることに気づく。
葉村は比留子を助け出して
無事に脱出できるのか?
奇想に満ちたパニックホラーミステリー。
剣崎比留子シリーズ第3弾。
『屍人荘の殺人』はゾンビ、
『魔眼の匣の殺人』は未来予知、
今作の特殊設定として
「隻腕の巨人」が登場し
閉園後のテーマパークにある
屋敷内に侵入した比留子たちを襲う。
アクション要素が強くエンタメに特化し
前作、前々作よりも
ミステリー要素は少ない。
物語の合間に「追憶」として
“ケイ”という少女の回想が入る。
40年前の研究施設では
人間の能力を
超人化する実験が行われていて
そこに被験者の子供たちがいた。
この施設の生き残りが
侵入した一行の中に混ざっていて
殺人事件に関わってくる。
探偵役の比留子は
初日の夜に別館に逃げ込んでしまい
窓越しに会話することだけは可能という
特殊な状況にある。
今作は「安楽椅子探偵」として
葉村が集めた情報を元に推理をする。
巨人はどうして生まれたのか?
誰が巨人なのか?
研究施設の生き残りは誰か?
殺人の目的は?
怒濤のクライマックスの末に
あまりにも切ない
エンディングが待っている――。
感想
正直微妙。
前半は「逃走中+GANTZ」で
「隻腕の巨人」から逃げつつ
どうにかして鍵を手にするか
あるいは巨人を倒すという
屋敷からの脱出ゲームっぽい。
その合間に殺人事件が起きるが
そっちは正直どうでもよくなる(笑)
『屍人荘』でもパニックホラーと
ミステリーの相性が悪いと思ったが
今作でさらにそれを感じた。
「巨人が入って来られない場所で
巨人の犯行としか思えない殺人が起き、
その犯人が巨人の味方で
全滅させてやろうと狙っている」
という設定なら
まだ緊張感があったんですがね……。
途中あまりにもつまらなさすぎて
1月から読んでいたのに
2月末にやっと読み終えた。
殺人事件に魅力がないと
やっぱりページをめくる気力がおきない。
しかし最後の「鍵の渡し方」
これで評価が+0.5点上がった。
ここだけは上手い。
巨人と犯人の正体はわりとわかりやすい。
葉村と比留子が隔離されているので
いつものラノベの軽いノリが
少なかったのは俺には読みやすかった。
助かる。
犯人と葉村のやりとりとか
巨人と犯人の関係や
葉村と比留子の進展もあって
最後はかなり面白くなった。
それを踏まえても
「屍人荘>>>魔眼の匣=兇人邸」
という感じ。
★★★☆☆ 犯人の意外性
★★★☆☆ 犯行トリック
★★★☆☆ 物語の面白さ
★★★★☆ 伏線の巧妙さ
★★☆☆☆ どんでん返し
笑える度 -
ホラー度 ◎
エッチ度 -
泣ける度 ○
評価(10点満点)
7.5点
※ここからネタバレあります。
1分でわかるネタバレ
○被害者 ---●犯人 -----動機【凶器】
①コーチマン ---●巨人(ケイ) ---障害の除去【斬殺:大鉈】
②チャーリー ---●巨人(ケイ) ---障害の除去【斬殺:大鉈】
③アリ ---●巨人(ケイ) ---障害の除去【斬殺:大鉈】
④不木玄助(斉藤玄助) ---●剛力京 ---衝動・復讐【絞殺:カーテンのタッセル】
※不木の首を切断して移動させたのは裏井
⑤グエン・ヴァン・ソン ---●巨人(ケイ) ---障害の除去【斬殺:大鉈】
⑥雑賀務 ---●裏井公太 ---利己主義の正当防衛【刺殺:ナイフ】
※雑賀の首を切断して移動させたのは巨人(ケイ)
⑦成島陶次 ---●巨人(ケイ) ---障害の除去【斬殺:大鉈】
⑧裏井公太 ---●巨人(ケイ) ---障害の除去【斬殺:大鉈】
物語以前の殺人
○剛力智 ---●巨人(ケイ) ---障害の除去【斬殺:大鉈】
※剛力京の本名は「前田圭子」
<結末>
剛力京は従業員だった兄の
智を探すために兇人邸にやって来て
不木を殺してしまった。
しかも智とは恋人関係で
妹の戸籍をもらった別人。
それすら比留子は見破っていた。
智の残した携帯を使って
外部に連絡して
機動隊を要請することに成功。
日没まであとわずかに迫り
残された脱出の道を選択。
跳ね橋を降ろしたボスたちは
外に出て騒ぐ客たちを避難させる。
比留子を助けに戻ってきた葉村は
中庭の跳ね橋で裏井に出会う。
彼こそが40年前の施設の生き残りで
巨人になった少女ケイを
救うためにやって来たと語った。
不木の首を斬ったり
雑賀の死体を偽装したのも彼だった。
中庭の跳ね橋を下ろして
別館に駆けていく裏井。
それを追う巨人。
葉村は広間に戻ると
やがて比留子が
副区画の格子の向こうから現れて
鍵を投げてよこした。
その鍵をどうやって手に入れたのか?
比留子が言うには
裏井が命懸けで運んだという。
裏井は鍵を口に含んで自ら首を斬らせ
巨人が首塚に首を運んだ後
比留子が鍵を口から回収したのだ。
比留子は裏井と葉村がいてくれたから
生き残れたと感謝する。
「俺はワトソンをやめませんよ」
「なら私も、望む未来を掴みとるためにホームズをやろうか」
「巨人」の正体
この作品のどんでん返しは
①巨人は誰か?
②生き残りは誰か?
最後の脱出方法も意外性だが
メインはこの2つ。
まず巨人の正体から。
「追憶」には
ケイ、ジョウジ、コウタという
3人の子供が登場している。
巨人になった被験者は
ケイでした。
①コウタは不木に中庭で
話を持ちかけられたが断っています。
実はジョウジも
不木の実験の被験者でした。
①体力測定の成績が優秀だったのも
不木の被験者だったから。
ジョウジが先に事件前日の夜に発症し
その現場にやって来たケイを
後ろから殴ったのは不木です。
その際にケイに大量に薬品を投与して
一気に成長させてしまった。
翌日目覚めたケイは
研究施設で暴走して大量虐殺。
ケイ自身は夢の中で襲ってくる“猿”を殺し
首を斬って息の根を止めているだけで
人を殺していると思っていなかった。
このことは不木も知っていて
②「猿を殺してこそ正気が証明される」(P.65)
とケイの心情を解説している。
ケイが巨人になったと思わせずに
剛力京だと思わせるための
ミスリードが豊富に張られています。
●ケイを剛力京だと思わせるミスリード
まず②名前が「剛力(ごうりき)」と力強い。
③下の名前「京(みやこ)」がケイと読める。
この屋敷に来る目的が「彼」で
④「私にとって、ただ一人の大切な家族」と言い(P.7)
(※ここは追記で補足あり)
ケイも「追憶Ⅱ」の中で
ジョウジとコウタや羽田先生やほかの子を
「大切な家族」と表現して
困っていたら助けると誓っている。(P.91)
剛力は免許証を持っているが偽造。
過去を捨てるために
剛力智にもらった戸籍を使っている。
⑤本名は「前田圭子」で
ケイが昔のあだ名。
剛力は本当の誕生日が7月なので
⑥カニのストラップをデジカメにつけている。
ケイは「追憶Ⅱ」でコウタに
「私は蟹座」と言う場面がある。
「分かるよ。ずっと一緒に暮らしてるんだから」
「だからなに」
「私がお姉ちゃん」
「なんでだよ!」
「だって私は蟹座だし。コウタは天秤座でしょ。私の方が生まれは早いじゃない」(P.86)
さらに剛力が免許証を見せる場面で
⑦3月生まれになっている(P.122)ため
この違和感が
免許の偽造につながって
偽造してまで隠したい過去がある剛力を
怪しませる要素になっている。
③剛力の見た目が30歳くらいなのに
免許証が22歳で驚く(P.122)というのは
この偽造を匂わせる伏線。
剛力の実際の年齢は28歳。
ケイと剛力の眠りもミスリード。
⑧剛力が不木を襲った後で
ナルコレプシーで気絶したが
その後「追憶Ⅱ」が入り
ケイが授業中に寝てしまった場面から始まった。(P.84)
⑨剛力が雑賀の死体を発見した直後も
ナルコレプシーの病気で気絶する。(P.204)
その後の「追憶Ⅲ」は
焼却炉の死体を見たケイが
気絶した直後から始まっている。(P.208)
●ケイをマリアだと思わせるミスリード
マリアにも
ケイだと思わせるミスリードがある。
ケイだと思わせなくても
巨人がコウタなら
生き残りだと思わせれば
犯人の方にも
ミスリードできるからだろう。
⑩ケイが40年前の研究施設に来たのは
6歳の時に養護施設から
引き取られたと言っている。(P.43)
マリアは外国人だが日本生まれで
5歳まで東京の港区で暮らしていたと語る。(P.31)
港区にも養護施設はあるし
⑪「ジョウジ」という外国人でも通じる
名前の友達がいるために
ワケありの外国人が混ざっている
可能性もあるため惑わされる。
ケイという名前もイニシャルっぽく
マリアも本名かどうか不明です。
⑫巨人は夜目が利く。
アリを追って行って
巨人が闇の中でも
目が見えているという会話があった。(P.79)
それを踏まえて次の場面。
葉村と地下通路にいたマリアが
ボスの要請で暗闇の中を平気で戻る。
「ここからは一人でやれますよ。手伝ってもらえて助かりました」
「悪いわね。ライトは渡しておくから」
「明かりなしで戻れますか?」
「だいたい覚えたから。それじゃあ後でね」
マリアは迷いのない足取りで真っ暗な通路を戻っていった。(P.121)
いかにも巨人と同じ夜目で
生き残りのようにミスリード。
⑬2日目の夜、
マリアは副区画の配置に着くのを嫌がり
雑賀の部屋に閉じこもった。
そのためアリバイがない。
壊れた扉は自作自演の可能性があって
一足先に副区画の隠し部屋に潜んだり
主区画にいたかもしれないと思わせている。
●ジョウジをボスだと思わせるミスリード
⑭最初の巨人との遭遇で
ボスは巨人に吹っ飛ばされたが
たいして負傷しなかった(P.94)。
⑮2日目の夜の見張りで
成島を止めようとしなかった行動が
巨人が昔の友達だと知っていたからと
ミスリードしようとしている。
生き残りの正体
40年前の研究施設の生き残りが
人間離れした能力で
殺人の後始末をしていることがわかります。
その生き残りは誰か?
成島の秘書
裏井公太(コウタ)が生き残りです。
④登場人物表に裏井だけ下の名前が
書かれていなかったのは伏線でした。
つまり正解はこれですが
ケイ=巨人
ジョウジ=死亡
コウタ=裏井
これがこうなったり
ケイ=剛力京
ジョウジ=剛力智
コウタ=巨人
またはこうなったり
ケイ=マリア
ジョウジ=ボス
コウタ=巨人
さらにこうなったり
ケイ=巨人
ジョウジ=ボス
コウタ=アウル
何パターンも
組み合わせができるように
わざと混乱させる書き方をして、
どれか1つでもパズルのピースを
読者がはめ間違うとズレてしまう
意地悪な仕掛けです。
裏井(コウタ)も研究施設で育ち
巨人ほどではないが
通常の人よりも高い能力を持っていて
50代なのに30代のような若さを保っている。
そしてとくに「腕力」と「回復力」が
犯行トリックに関わっている。
●第1の殺人・不木玄助殺し
不木を殺害したのは剛力京。
出窓に隠れていると
不木が私室に戻って来た。
剛力智の行方を捜していた彼女は
問い詰めたが不木は答えない。
思わず力が入ってしまい
カーテンのタッセルで
首を絞めて殺してしまう。
直後に剛力は
持病のナルコレプシーで意識を失った。
その後始末をしたのが裏井だった。
裏井は私室の隣の倉庫に隠れていて
不木と剛力の会話を聞いて
何事か起きたことはわかっていたが
金属扉に鍵が掛かっていて入れなかった。
朝になって
意識を取り戻した剛力が出てくる。
その後に私室に入った裏井は
不木の死体を前にして
このままだと剛力が疑われること、
不木は殺したいほど憎かったので
むしろ感謝しているから
疑いをそらして庇うために
巨人のような力で首を切断し
広間のホールクロックの中に隠しておいた。
やがて全員が集まって
隙を見て首を首塚のドラム缶に投げ込んだ。
●第2の殺人・雑賀務殺し
雑賀を殺したのは裏井です。
その動機は
巨人になったケイが人を殺したので
一緒に罪を背負うことが家族だと思い
雑賀に標的を定めた。
ただし自分から殺すことは避け
相手が殺しに来るように仕向けて
正当防衛で殺そうと画策した。
雑賀の隠れ家ともいえる
副区画の引き戸の部屋に裏井を誘い込み
拾った折り畳みナイフで殺そうとした。
雑賀の窃盗癖は
⑤黒猫のアレキサンドライトを盗んだり(P.157)
⑥元強盗団の主犯格という情報(P.129)が手掛り。
しかし裏井は
並の人間では敵わない。
雑賀はあっさり返り討ちにあう。
その時に雑賀が懐から取りだしたナイフが
剛力の物だとは気づかなかった。
⑦剛力が落とした折り畳みナイフを
しきりに気にしていた(P.166)のが伏線。
剛力自身が雑賀の死体を発見して気絶し、
ナイフが自分のだと認めたため
裏井は嫌疑をそらすため試行錯誤する。
その夜の待ち伏せで
成島が中華包丁を持って
地下に飛び出すという
予想外の出来事が起こる。
裏井は成島を止めようと追いすがったが
突き飛ばされた際に
成島の手から包丁が落下した。
この時に裏井はひらめく。
剛力にアリバイがある今、
巨人に雑賀の首を斬らせて
その時間をずらせば
犯罪の攪乱になることに。
⑧地下は巨人のせいで
ネズミも寄りつかないため
自分の血を使うしかない。(P.106)
そこで主区画の引き戸の部屋に行き
自分の腕を向こうの部屋に突き入れ
雑賀の死体の首付近に
中華包丁で傷をつけて血を流し込む。
そして中華包丁に「生き残り」の紙を巻いて
窓越しに投げ入れておいた。
⑨生き残りは「回復力」が高いと
裏井自身がみんなの前で
資料を読んで得た知識として
2回にわたって説明している。(P.187)(P.263)
その回復力で傷をふさぎ
何事もなく私室に戻っていたのだ。
ケイの「追憶」でも
⑩ジョウジとコウタの喧嘩で
大人が4人がかりで止めないと
押さえられないほど力が強く(P.44)
コウタの折れた鼻もすぐ治っている(P.88).。
コウタとはもちろん裏井のこと。
午前5時、
巨人が副区画に入り、
⑪雑賀が盗んだ不木の
ムスクの匂いに導かれて隠し部屋に行く。
そこで雑賀の死体を見て
巨人は首を斬って首塚に持って行った。
それでこの奇妙な状況が生まれている。
終盤のバリケードを作る場面で
豊富な運動量で働く裏井が
⑫「引っ越しのアルバイトをしていたんですよ」
と笑っていた。(P.304)
- 嘘か本当かはわからないが、超人的な運動能力を隠す言い訳のように聞こえます。
●裏井を容疑者から外すためのミスリード
⑯雑賀の首を斬った夜、
裏井は主区画までしか行っていない。
結局、窓越しに雑賀の首を切断した可能性は捨てざるを得なかった。
やはり犯人は、副区画の隠し通路にやってきたと考えなければいけない。
となると、主区画から出なかった裏井は容疑から外れる。(P.274)
確かに裏井は主区画から腕を出しただけで
副区画には一歩も入らなかったが、
葉村がこう強くミスリードしてしまうと
読者も容疑者から外してしまうだろう。
鍵の回収トリック
この作品の1番の見どころは
比留子が別館から脱出するために
どうやって鍵を入手したか?だと思う。
裏井のひらめきと
比留子のひらめきが一致して実現した
命を懸けた壮絶な作戦で
裏井が鐘楼に行き
鍵を取って口に入れておいて
巨人に自分の首を斬らせて
その首を巨人に首塚まで運ばせる。
比留子は巨人がいなくなったら
口を開けて鍵を回収するというものです。
これは巨人が斬った首を
首塚に集めるという習性を利用している。
ケイの「追憶Ⅲ」で羽田先生が
⑬不木が実験に使った猿が
なかなか死なないから首を斬って
確実に息の根を止めるという話があり
中庭にある焼却炉で燃やしていた。(P.209)
- ケイ(巨人)は夢の中で猿(人間)と戦い、首を斬ってその首を中庭(首塚)に集めているだけ。
- ちなみに羽田先生がこの話をケイにした時、⑭「他の子には言わないように。ジョウジにも口止めしたから」(P.209)と言っているので、首を斬ることにこだわる巨人の正体はケイかジョウジの二択に絞られる。
⑮剛力がコーチマンが
上着に鍵をしまったことを
みんなに教えていた(P.183)のも重要。
素早く確実に入手するためには鍵の場所を知っていなければいけない。「急いでコーチマンの遺体に手を伸ばす(P.344)」という一瞬で鍵を取り出すことができたのはこの情報があったから可能だった。
巨人が裏井の首を首塚に持って来た時
比留子はドラム缶の中に隠れていた。
★⑯このドラム缶は
葉村が覗いて見たときに
比留子さんが隠れることが
できそうだと確認している。
ドラム缶を調べる俺に、剛力は珍しい生き物を見るような顔をする。
「剣崎さんって、そんなとこに入れるくらい小柄なの?」
「入ってるわけないでしょう……たぶん入れますけど」(P.125)
- 葉村のお墨付き。ここに伏線を入れるのはさすがに上手い。
その他の伏線解説
比留子は今作は
別館から動けずに
葉村の情報から推理する
「安楽椅子探偵」として活躍するが、
⑰葉村が古本屋に向かう道で
ミステリ愛好会の課題図書を
ミス・マープルや
「黒後家蜘蛛の会」シリーズの
安楽椅子探偵ものにしようと考えていた。(P.17)
- この冒頭の葉村の思いつきが現実化する趣向は、前作の『魔眼の匣の殺人』で叙述トリックに腹を立てた比留子と同じパターンの伏線回収です。
伏線では
剛力が不木を殺したことが判明する
【アレキサンドライト】が巧妙だ。
★⑱【アレキサンドライト】
アレキサンドライトの名前は
阿波根が葉村に
質問する場面で登場する。
碧眼の黒猫のことだ。
通路から覗きこんだ阿波根は、俺の姿を認めると食ってかかるように訊ねてきた。
「葉村さん、居間にあったアレキサンドライトの置物を知りませんか」
「アレキサンドライト?」
「出窓に置いていた黒猫の置物です。目の部分がアレキサンドライトという宝石でできているのですが、見あたらないんです」
「それなら、さっき見せてくれた写真に写っていたね」
比留子さんに言われてデジカメのデータを見直すと、確かに美しいアーモンド形の碧眼をもつ黒猫の置物が窓辺に写っている。(P.157)
- 黒猫の瞳の色に注目。「碧眼」つまり青い色をしている。この写真を撮ったのはつい30分前で、葉村が碧眼の黒猫の置物を撮影していた様子もしっかりある。(P.152)
↓
しかし黒猫の瞳は
剛力が不木を襲った時には
赤い瞳だった。
――すべてを知るには今行くしかない。
私は思いきってカーテンを開ける。こちらを向いた老人が驚愕に顔を歪めた。
その後の犯行のすべてを見ていたのは、黒猫の置物の赤い瞳だけだった。(P.78)
- 同じ黒猫なのに赤い瞳?実はアレキサンドライトという宝石は、太陽の下では青緑色に輝き、日が暮れて夜の光の中では赤紫色に輝く特性があります。この宝石の変化に気づいていなかった剛力は比留子の前で致命的な失敗をしてしまう。
↓
比留子と剛力が初めて会って
会話する場面。
黒猫の瞳が赤色だと言ってしまった。
「なくなったのは出窓にあった黒猫の置物だそうです。一部に宝石が使われていたとか」
「宝石?……ああ、黒猫の目に使われていた、赤いやつかな」(P.168)
- ここで比留子は不木を殺したのが剛力だと見破った。剛力は出窓に隠れる時に「赤い目をした黒猫の置物」を見ている。(P.77) そして、朝この私室に入った時は出窓のカーテンが閉まっており黒猫の置物が見えなかった。(P.99) ――アレキサンドライトが赤い瞳になるのは夜しかなく、剛力が夜のうちにこの私室に入ったことになり、それはつまり犯人に他ならない。
⑲【不木の突然の大声】
不木に地下を案内させて首塚に来た時
急に不木が大声で叫ぶ。(P.64)
- これは不木が大声で巨人を起こして全員を襲わせようとしていたのだと後でわかる。葉村も後で思い返したら、あそこで全滅していたかもしれないと語っている。(P.65)
⑳【男子棟と女子棟】
40年前の「追憶」で
宿舎の構造の説明がある。
中庭から入って
すぐの建物が女子棟、
奥の建物が男子棟になっていて
異性の立入りは禁止されている。(P.44)
比留子が逃げ込んだ別館の2階に巨人が入って来ない理由はあそこが男子棟だったからだ。ケイは真面目な規律を守る子だったので立ち入ることがない。
㉑【頭髪のない2人の首】
巨人が不木の首を
首塚に持って行ったタイミングで
アリの首と同時に持っていけないように
巨人が片腕を失った隻腕であり、
不木は老人で頭髪が少なくて(P.53)
アリはスキンヘッドで頭髪が無い(P.31)。
- 隻腕なので片方の手に首を持てず、髪の毛をつかんで2つの首を同時に運ぶこともできなかった。首を小脇に抱えても大鉈を振ると片方の首が落下するし、首を地下に置いたらつく白い塗料の汚れは不木の断面にはついていない。少なくとも不木の首は地下に下ろさなかったはずだと。別々に分けて考えなければ謎が解けないようになっている。
㉒【副区画の主】
葉村が副区画の間取りを書こうと
副区画に入ったら
雑賀が代わりに書くと言って
葉村を追い出した。(P.128)
- 副区画に知られたくない秘密があるため、他人を入れたくないということ。隠し部屋につながる伏線。
㉓【落とし格子にぶら下がる剛力】
葉村が広間に出ると
主区画に下りる階段の落とし格子に
剛力がぶら下がって
足をばたつかせているのを目撃する。
「やっぱり鍵がないとダメみたいね」(P.269)
- 落とし格子を動かすためには鍵が必要だということ。実は不木が広間の機構は鍵が無いと動かないと1度だけ説明していたが覚えてない読者もいるために再度ここで説明している。
㉔【それぞれの怪我と回復力】
アウルは足を骨折し
マリアは肋骨を折った。
ボスは鉄格子を曲げることができなかった。
- 素直に受け取れば「生き残り」ではないのだが、怪我をしたふりをしている可能性もあるため読者は惑わされる。剛力が生き残りでないことは、不木が1度も剛力を見ていないことから一緒に地下に下りた人物の中に特定されている。使用人を見張っていたマリアは最初に少しだけ姿を見られている。
㉕【剛力智は兄ではなく恋人】
剛力が探している
たった一人の家族である
「彼」という表現。(P.67)
- 本当に兄妹なら「兄」と呼ぶはずで、「彼」というのは特別な想いが秘められているという伏線。
この続きは別記事で追記します。