驚愕保証のサプライズ・ミステリ!!
[Les Quatre Fils du Docteur March]
『マーチ博士の四人の息子』
ブリジット・オベール
(1992年)フランス
前から読みたいと思っていた本です。
“表紙からすでに仕組まれたトリック。見破れますか?”
という帯の煽りにも惹かれる。
いったいどんな物語なんだろう?
あらすじ
殺人者の日記
ぼくが初めてあれをしたのは
ぼくが小さな男の子で
彼女も子供だった。
彼女のアクリルの服に火をつけたら
勢いよく燃え上がって
彼女が焼け死ぬのを
ぼくは気持ちよく眺めていた。
そこに駆けつけてきたママは
ぼくを抱きしめて泣いた。
ぼくがやったことを
ママが知っているのかはわからない。
しばらくしてぼくがまた同じ事を
やってもママは何も言わなかった。
ぼくがあれをするのは
とても大事なことなんだ。
この日記を見る詮索好きは気をつけろよ。
ぼくは自分を描写しない。
名前も書かない。
手掛りは残さない。
これは「誰でもない者の覚え書き」
パパはドクター(医者)で
ドクターには四人の息子がいる。
同じ日に生まれた四つ子で全員18歳。
褐色の髪で青い目をしている。
クラークは医学生、
ジャックは音楽院生、
マークは弁護士事務所の研修生、
スタークは電子工学技師の勉強中の学生。
ぼくは四人のうちの一人だ。
それぞれ趣味が異なり
クラークはフットボールチームのメンバー、
ジャックはピアノを弾いて作曲し、
マークは真面目で本を好み、
スタークはパソコンでゲームを作っている。
さあもうじきパパが帰ってくる。
これをどこかへ隠さなくっちゃ。
ジニーの日記
本当に信じられない。
あたしは混乱している。
さっき二階の奥さんの部屋を片付けていて
つい毛皮のコートが着てみたくなり
クローゼットを開けて
コートを広げたら裾の裏地に
あの日記が隠してあった。
奥さんは発作で倒れてから外出しなくなり
メイドとしてあたしが雇われていて
このコートを着て外出することがない。
あたしは日記を元通りに戻しておいた。
一階では四人の息子がテレビを見ている。
あの中に殺人鬼がいるの?
だったらもうメイドを辞めさせてもらおう。
あたしは二年も刑務所にいた前科があり
現在も強盗をして逃走中なので
警察には行くことはできない。
あいつに気づかれたら
きっと殺されてしまう。
でも見て見ぬ振りはできないし……。
殺人者の日記
メイドのジニーは酒好きで純朴な娘。
そろそろあれをやりたくなってきたが
ジニーは身近すぎて
殺したらすぐ疑われてしまうだろう。
新たに獲物を見つける必要がある。
家族のことを話そう。
ジャックは温和で誰にでも優しい。
いつも小脇に本を抱えている。
クラークは巨人のような体格で
すぐ人を殴る。
ママは薬のせいですっかりボケて
パパはいつもうわのそらだ。
ぼくは家族が大好きで
家族のことを描写するが
どこかの詮索好きがこの日記を読んでも
けっして僕が誰なのか知ることはできない。
ママが叔母さんの家を訪ねてほしいと言う。
チャンスがあれば楽しめるかもしれない。
ジニーの日記
四人の息子は
ルース叔母さんの家に行っている。
日記に新しい書き込みがあった。
まさか旅行中にやるつもり?
ドクターは朗読リサイタルで帰りが遅く
息子達は一泊して帰るらしい。
個人的にジャックはありえないと思う。
クラークは隠し事のできるタイプじゃない。
じっくり観察したいけど
目を合わせて気づかれたらどうしよう。
どうしてこんなことになってしまったのかしら。
殺人者の日記
成功した!
昨夜デンバリーで一泊したが
食事の時に美人が一人でいた。
雨が降ってきて
ぼくらは車の中で寝たのだけど
ぼくはそっと抜け出して
さっきの美女に店の外から電話して
連れ出すことに成功した。
雨の中でポーチの下に彼女を誘いこむ。
キスしてきて○○○を触ってきたので
腹にドライバーを突き刺した。
悲鳴を上げないように
肩で女の口を塞ぐと思いっきり噛みつかれ
○○○を握りしめたのでぼくはイッてしまった。
――女は死んだ。
ぼくが車に戻ると「どうかしたのか?」と
聞かれたので「小便してきたのさ」と答えた。
帰宅した時、
ぼくを見てママはなにか勘づいたようだ。
だが何も言わなかった。
ジニーの様子も変だったな。
あいつは盗み癖があるから監視しておかないと。
今日のぼくはとても気分がいい。
夕食にフライドポテトが出たら最高だ。
ジニーの日記
奥さんが夕食に
フライドポテトを出すように言ってきた。
奥さんは何もかも知ってるのね。
四人とも夕食をペロリとたいらげた。
クラークとスタークは
フライドポテトが好物だし
ジャックは3回もおかわりして
ケチャップをかけて食べる。
マークは好物だと言わないが
しっかりおかわりしてワインを飲んだ。
ドクターも楽しそうだった。
あたしもジンが飲みたい。
殺人者の日記
今は学校が休暇中で暇だ。
それぞれ家で自分のことをしている。
パパには愛人がいるようだ。
殺人のあった夜に
ぼくらはデンバリーにいた。
しかし警察はぼくらにたどりつけないだろう。
ジニーの日記
あいつの日記を持って
警察に行くことができたら楽なのに。
警察が頼れない以上
自分でどうにかするしかない。
この日記を見られたらおしまいだけど
自分一人の胸の内に
しまっておくなんてできないし
書くことで頭を整理できる。
なにか手掛りが見つかるかもしれない。
今のところ狙われているのは女だけ。
やつがどうでるか予測して阻止しなければ。
殺人者の日記
隣の家の娘はあまり好みじゃない。
しかも年下過ぎる。
子供を殺しても興奮しない。
ぼくは「あばずれ女」を殺したいんだ。
ジニーは美人じゃないし
いつも酔っていて
どうしてあんなのを雇っているのかわからない。
明日はぼくらの誕生日だ。
ジニーの日記
隣の娘とはカレンのことね。
あたしがブスとか目が腐ってるのよ。
あいつらも筋骨たくましいけど
中身はからっぽだわ。
殺人者の日記
隣の娘がぼくに話しかけてきた。
淫らそうな感じ。
ちょっと本気で考えてみるか。
ふとっちょジニーが神経に障る。
はやくクビにしてやりたい。
ジニーの日記
クビにする?
やれるもんならやってごらん!
今日あいつの日記を読んでいると
足音がしたので慌てて
バスルームで掃除をしているふりをした。
おかげでピカピカよ。
あいつの日記
悪ふざけの妄想だったらどうしよう。
いやそれはありえない、
デンバリーの殺人事件は
報道される前に書いてあった。
おや?庭の方で物音がする。
窓の外を覗いたら
下の方を何かが横切った。
犬かしら。
きっとそうだわ。
~~~~~~
カレンが死んだ。
死体は庭で発見されて
見るも無惨なありさまだったらしい。
両親は泣いていた。
発見者はゴミ収集人のボブという男。
四人は部屋に閉じこもっている。
警察が事情聴取に来た。
あたしは身元を調べられたらアウトだ。
殺人者の日記
ぼくのこの書き付け
どうも誰かに読まれているようだ。
警告しておく、
せいぜい気をつけることだな。
ぼくはすごくいい気分だ。
斧はガレージの奥に片付けて
何も証拠は残っていない。
あの子は窓の外から起こすと
肌もあらわなネグリジェ姿で
乳を揺らして近づいて来た。
だからあの子を殺して
斧の柄をあいつの中に挿し込んで
奥まで突っ込んでやった。
昨夜、窓際にジニーがいたのは驚いたが
何も見てはいないだろう。
ジニーの日記
警察は手掛りが無くて
捜査が行き詰まっている。
カレンの母が泣いてばかりなので
家事や買い物を手伝ったりした。
今度あの日記の筆跡を比べてみよう。
殺人者の日記
カレンの葬式が行われた。
クラークは喉を痛めて咳をしていて
ジャックは爪を噛んでいた。
スタークの靴は泥だらけだった。
読者クン、
きみはぼくがどう殺したのか
描写するのを期待しているだろう。
ぼくが最初に切断したのは
腕だったか脚だったのか?
カレンはぼくが殺したうちで最上の部類だった。
ジニーの日記
こっちは給仕で大忙しよ。
あいつの日記を
警察に送りつけてやろうかしら。
殺人者の日記
この世からあばずれ女が四人は消えた。
優秀な犬ども。
手掛りがあるなら追跡してみろ。
ぼくはどこからどうみても
ハエ一匹殺したことのない
好青年にしか見えないから。
ジニーがママの部屋に長く入っていた。
ぼくらを警戒しているみたいだ。
ジニーおまえが
薄汚いスパイなのか?
ジニーの日記
なるほどね、
そういうことならすぐにでも逃げなきゃ。
今日警察が来て
四人の息子のことを聞いてきた。
しかし四人とも家にいるから
あたしは何も言えなかった。
どこで聞き耳を立てているかわからない。
一つだけ
あの夜に庭で人影を見たが
犬かもしれないと伝えておいた。
四人は自分達の学校へ行き始めた。
あたしは夏服をしまおうとして
クローゼットの上に厚紙の箱を見つけた。
小さな子供服。
胸に「M」「Z」と刺繍があった。
最近いつも誰かに見られている気がする。
一刻も早く拳銃を手に入れなければ……。
~~~~~~
殺人者とメイドのジニー。
2人の日記で構成された物語。
新たな獲物を狙う殺人者に
ジニーはどう立ち向かうのか?
幼い頃に湖で死んだ
五人目の息子ザカリアスとは?
殺人者に1度殺されそうになったという
いとこのシャロンが家に来ることになり
大きく物語が動き出す――。
作品解説
マーチ博士の屋敷に住む
メイドのジニーは、
ある日マーチ夫人の部屋で
殺人者と名乗る人物の日記を発見した。
そこには自らの殺人の告白が書かれていて
自分はマーチ博士の
四人の息子の一人だと言う。
クラーク、ジャック、マーク、スターク。
警察に通報できない前科者のジニーは
一人で誰が殺人者なのか必死に探るが
殺人者は次々と獲物を殺していき
ついにはジニーにも魔の手が伸びる。
緊迫のサスペンススリラー。
本書がフランスの女性作家
ブリジット・オベールのデビュー作。
それまではシナリオライターとして
短編映画の制作をしていたという。
本作は「殺人者」と「ジニー」の
2人の語り手が
交互に日記を綴る形で構成されている。
そのため時系列は前後しない。
(これが伏線にもなっている)
時系列が狂うややこしいトリックはない。
「殺人者」は自ら
マーチ博士の四人の息子の一人だと言い
息子たちの様子を
“客観的”な視点で描写してみせる。
全員が褐色の髪で青い目の18歳の好青年。
はたして誰が殺人者なのか?
もう1人の語り手「ジニー」は
夫人が心臓発作で倒れて
外出できなくなって雇われた
マーチ家のメイド(31歳)。
「殺人者」によるとジニーは
ふとっちょで美人ではないらしい。
盗み癖があり刑務所に2年入れられて
今も強盗して逃走中の身で
偽名でマーチ家に潜り込んでいる。
警察に通報すると身元を調べられて
自分も捕まってしまうために
ジニーは一人で殺人者の正体を
突き止めようと奮闘するが、
アルコール中毒のせいで
いつも酔っ払ってしまい
うまくいかないというのは面白い設定。
日本語の翻訳は
殺人者とジニーを
別々の男女の訳者が翻訳して
それをまとめるという工夫で
リアリティーが上がっているように思う。
タイトルの
「Les Quatre Fils du docteur March」は
マーチ家の四姉妹を描いた
ルイーザ・メイ・オルコットの
『若草物語』のフランス版タイトル
「Les Quatre Filles du docteur March」をもじっている。
感想
これはまず設定が面白い。
「快楽殺人者VSアル中のメイド」
殺人者の日記を盗み見たメイドが
それが誰なのか推理する。
なんとも頼りないヒロインなので
ハラハラドキドキの展開。
途中で日記を書いている殺人者が
息子の誰にも当てはまらないため、
本当に存在しているのか?
それとも誰かの別人格なのか?
死んだ息子の霊が乗り移ってるのか?
あるいはすべて妄想なのか?と混乱する。
それに加えて
ドクターもあやしい行動をしていて、
夫人も秘密を抱えていて、
そしてジニー自身も
酔うと記憶が無くなり
おかしな行動をとるため
読者はなかなか真相が掴めない。
確かに途中でダレる感じはある。
短編を無理矢理
長編に伸ばしたような印象。
賛否はありそうだが
メインのオチは俺はわりと好みだった。
細かい仕掛けが満載なので
伏線マニアには受けがいいはず。
普通に読む人には絶対おすすめしない(笑)
最後にジニーが取ったあの行動も
発想自体は使い古されてはいるけど
ここでそれが出ると思わなかったので
効果的だったと思う。
★★☆☆☆ 犯人の意外性
★★☆☆☆ 犯行トリック
★★★★☆ 物語の面白さ
★★★★★ 伏線の巧妙さ
★★★★☆ どんでん返し
笑える度 △
ホラー度 △
エッチ度 △
泣ける度 -
評価(10点満点)
8点
※ここからネタバレあります。
1分でわかるネタバレ
○被害者 ---●犯人 -----動機【凶器】
①少女(名前不明) ---●ザカリアス・マーチ ---娯楽【焼死:火】
②デンバリーの美女 ---●ザカリアス・マーチ ---娯楽【刺殺:ドライバー】
③カレン・ブリント ---●ザカリアス・マーチ ---娯楽【斬殺:斧】
④シャロン ---●ザカリアス・マーチ ---娯楽【転落死:雪山の崖】
⑤ブリント夫人 ---●ザカリアス・マーチ ---娯楽【外傷性ショック:不明】
⑥ミリアス夫人 ---●ザカリアス・マーチ ---娯楽【転落死:陸橋】
⑦ジェイミー ---●ザカリアス・マーチ ---娯楽【斬殺:ナイフ】
⑧ベアリー夫妻の赤ん坊 ---●ザカリアス・マーチ ---娯楽【外傷性ショック:床】
⑨ジニー・モーガン ---●ザカリアス・マーチ(※) ---娯楽【射殺:銃】
※マーチ博士、夫人、四人の息子による共犯と思われる。
<結末>
クリスマスにクラリスを殺すと予告され
それは阻止したが
ベアリー夫妻の赤ん坊が
頭の骨を折って死亡してしまった。
ジニーが赤ん坊をあやして
落とした疑惑が持ち上がり
ジニーは泥酔していて弁解できない。
ジニーが二階に上がるのを見たと
殺人者が匿名の手紙を警察に送ったため
ジニーは追い込まれる。
殺人者はジニーを殺すと予告した。
夜にジニーは窓から逃げだそうとしたが
酒を飲み過ぎて意識が朦朧とする。
なんとか窓から出たが
雪の中で銃弾を撃たれて倒れる。
最後に彼女が見たのは
ドクターと一緒にいた殺人者の――。
ジニーは部屋で自殺したことになった。
だが後にこれは
マーチ家の人間がグルになって
ジニーを殺したと明らかになり
ザカリアスが逮捕された。
彼こそ殺人者。
生きて屋敷の中に隠れ
四人の息子の誰かと
その都度入れ替わる生活をしていた。
その真相に辿り着いたのは
勇敢なジニーの最期の告発だった。
彼女は殺人犯に
密告の手紙を奪われると読んで
死ぬ前に自分の胃袋の中に
ビニールに包んだ
警部宛の手紙を飲み込んでいたのだ――。
殺人者の正体
ラストで明かされる殺人者の正体。
それはマーチ博士の五人目の息子
ザカリアス・マーチ。
(以下、ザック)
「マーチ博士の四人の息子」
と言いながら五人いたというのは
反則ではないかと
怒る人がいるかもしれない。
ザック自身は死んだことになって
今は「四人の息子」に
入れ替わって生活をしているので
嘘とは言い切れないし、
仮にそこで嘘をついていても
殺人者は「信頼できない語り手」なので
嘘をついていいポジション(人狼役)。
ジニーの語りに見破る手掛りがあるから
なにも問題無い。
ザックは幼い頃から
快楽殺人者の傾向があり
夫人がそれを知って夫に話し
家族ぐるみでザックを守ることにした。
10歳の時に凍った湖で死んだというのは
世間から身を隠す偽装工作。
ザックは夫人の部屋の
隣の小部屋に隠れて生活していて
クローゼットの奥から部屋に出入りできる。
五人の息子は交代制で
時々入れ替わっていて
ザックが外に出たいときは
ザックはその人物に変装する。
入れ替わった方は家に残っていた。
ジニーが来てからは
ザックは家の中でも
姿を見られてはいけなくなり
食事もこっそり夜中に食べるか
入れ替わらないといけない。
そのせいでストレスが溜まり
殺人の衝動が加速した。
――というどんでん返しですが、
「エピローグ」で二転三転するため
結局どういうことかわからない
という声も聞くので順をおって説明します。
「15 ノックアウト」より。
ジニーは窓から逃げ出したが
銃弾を受けて倒れた。
ドクターの隣に誰かいて
それが殺人者だとわかったが
誰か言う前に死んでしまう。
そんなことありえない!だってあの人たち……。
「さようなら、ジニー。おまえが死後の復活を信じているといいんだがね……」
だからシャロンがあんなことを言ってたのね……なんてバカなの、あたし。(P.305)
この場面、
「あの人たち」と複数形なのがポイント。
ドクターのそばに殺人者が立っていた。
だからジニーは一目で気づいた。
複数人いて一目でわかるのは
同じ顔の息子が五人いたから。
ジニーの部屋にいた人影は夫人だろう。
下で騒ぎを起こして
追い詰めて逃げ出したところを
殺すために全員で待っていたのだ。
それを決定づけるのが
ジニーの葬儀で撮られた写真。
マーチ博士も夫人も四人の息子も
ニンマリ微笑んでいるように見えた。
つまり、
全員グルだったということです。
とくにドクターと夫人は
たびたびジニーの邪魔をしている。
ジニーがシャロンに質問しようとして
①急に奥さんに用事を頼まれたり(P.126)
②ジニーをスキーに行かせないように
ハーブティーに睡眠薬を仕込んだのも夫人(P.137)。
殺人者がどうしてスキーに来なかったんだと
不思議そうに日記に書いていたのは
それは本当で
両親がこっそりサポートしていたからだろう。
ところが「エピローグ」で反転する。
話し手の男がとある男と会話していた。
彼が言うにはマーチ家の息子は
すでに全員死亡していて、
実はジニーは子供の世話係で
自分のミスで子供達を死なせてしまい
精神を病んでおかしくなったというのだ。
すべてジニーの妄想だった。
しかしその直後にさらに反転する。
話し手の男が彼と別れるときに
「さようなら、ザカリアス」と言う。
ザックは生きていた!?
続けて話し手の男に
スミス博士という人物が
ジニーの日記は事実だと説明する。
あの男(ザック)は凶悪な殺人犯で
もう逮捕されている。
ここは刑務所の中だった。
混乱しがちですが
赤字が正解。
青字はミスリードです。
マーチ博士も夫人も自殺してしまい
残った四人の息子は
ザックが犯人だとは
知らなかったと言って無罪になったが、
入れ替わった時に事件が起きて
ザックが犯罪に絡んでいることは
馬鹿じゃないかぎり気づく。
瀕死のジニーを助けるでもなく
自殺にみせかけたり、
最後の写真の微笑みを見ても
全員グルだったのは間違いない。
混乱させるミスリード
この物語、
殺人者の正体は
誰かの別の人格かもしれないと
途中から誰もが疑わしくなるような
ミスリードがたくさん張られている。
例えばマーチ博士。
①デンバリーの美女が死んだ夜は朗読リサイタルで夜遅かった。(P.24)
②カレン殺しのチェックズボンはドクターの私物。(P.84)
③「聖典」はドクターの書斎に隠してあった(P.161)
④ラテン語が出来る。(P.199)
⑤ジニーに何かあるといつも一番最初に駆けつけてくる。
マーチ夫人もあやしい。
⑥息子の最初の殺人を知っている(P.8)
⑦夫人の部屋のコートのすそに日記があること(P.12)
⑧どこかボーッとしていて正常でない様子。
⑨後述するP.215の伏線を勘違いした場合。
⑩ジニーが殺人者と部屋でニアミスした際に、コートを着た人物をジニーは「彼女だ」と感じた。この家に他に女性は夫人しかいない。(P.226)
極めつけは
ジニーが二重人格だった説。
⑪カブが好きでウィスキーは嫌い(P.210)
⑫これほど頻繁に日記を読むために部屋に出入りしていて、一度も殺人者と出会わない不思議。(P.190)
⑬殺人者と部屋でニアミスした際に、一階に下りた殺人者が家族の誰にも見られず隠れることはできないため、ジニーの自作自演にも見える。(P.227)
⑭アル中で酔うと意識がなくなる。――など。
別人格の叙述トリックを
予想した人も多いのでは?
(実際は叙述トリックではなかった)
隠し方のトリック
ジニーの最期の手紙の隠し方は秀逸。
殺人者に殺されたらせっかく
警部宛に書いた手紙も取られてしまう。
やつに絶対に奪われない方法は
手紙をビニール袋に入れて飲み込み
「胃袋の中に隠す」ことだった。
このトリックは昔からよくあるやつだが
不意打ちだったので驚いたし
最後にやり返したので溜飲が下がった。
使い方も上手い。
腹が裂かれていなければ
ジニー自身が飲み込んだとしか
考えられないため
手紙は本物だと確定する。
犯人はジニーを自殺に見せるため
拳銃を使うから腹を裂くことはできない。
腹を裂いたら自殺に見えないという
詰み盤面をジニーは
天才的なひらめきで作り出していた。
ちなみにジニーは
ドクターたちにワインを飲まされて
身の危険を察した時に
③この作戦を思いついている。
なにがなんでもあたしは出ていくんだ。手紙は一階に置いてきたし、もう一通のほうはここにある。この手紙は離さない。切手は貼ってないけど、それでもちゃんと届くわよ。小さなビニール袋をとって……。「ほら、ジニー、遠慮なく飲みなさい」だなんて。まったく、おかげで飲みすぎたじゃないの!風にあたればすっきりするわ。(P.302)
- この時に手にしたビニール袋が彼女に味方したのだった。
伏線解説(★は巧妙なもの)
殺人者がマーチ博士の
四人の息子の一人と言いながら
自分は誰でもないと書いたり
伏線はかなり多く仕込まれている。
まずいきなり
★④冒頭の殺人者の自己紹介で
「クローゼットの奥の死体」と表現している。
そうとも、ぼくが誰なのかわからせるようなしるしは一つも残さない。ぼくはまあ、クローゼットの奥に隠しておかなくちゃならない死体のようなものなのさ」(P.9-10)
- そのクローゼットの奥に出入りできる小部屋があって、そこにザックはいた。世間では死体になったと思われている彼が。この伏線は上手い。
⑤クラーク、ジャック、マーク、スターク、
本人であるザカリアスすらも
客観的な視点で描写していること。
- 自分はすでにこの世にいない人間である=死を偽装した人物ということ。
⑥ジニーがいつも誰かに
見られている気がして
しょうがないという。(P.49)
- 日記を読んでいる時、その向こう側にザックはいるし、もう一人いるから見えない人物の視線を感じるのは当然。日記を読んでいるジニーへの脅しで⑦「おまえの肩ごしに誰かが覗いているぞ」(P.39)と書いたのは冗談ではなかった。
- シャロンも同じ事を感じていて、⑧「ときどき誰かに見られているような気がする」(P.131)とジニーに話している。
⑨四人の息子の筆跡を比べても
誰とも一致しない(P.51)、
⑩誰の声とも違う(P.92)のも
もう一人いたから当然。
自分の正体が
五人目の息子ザックだという手掛りは
⑪「Z・M」の子供服(P.49)
⑫「馬車の五つ目の車輪」の例え(P.101-102)
⑬「墓の下のきみの恋人より」(P.236)
屋敷の中に
他に誰かいるという伏線としては
⑭冷蔵庫の食料がすぐなくなる(P.24)
ことがあげられる。
- もう一人分の食料が減っている。夜中にこっそり食べに出ていたようだ。
ジニーが家に来てからは
誰かと入れ替わって食事することも多い。
⑮スタークがお腹の調子が悪く
トイレに二回駆け込んだ後、
食事をガツガツかきこんでいた。
その間スタークは無言だった。(P.55)
- トイレの後からザックが入れ替わって食事をしている。
⑯クレープにジャムをつけて食べる場面で
スタークは二日くらい
なにも食べていないんじゃないかと
思うくらいの勢いで6枚食べ、
トイレに行き、
戻ってきてまた6枚食べた。(P.281)
何か敵意を感じたジニーは逃げ出した。
- これも途中でザックと入れ替わって戻ってきている。トイレに行くと入れ替わったと思っていい。
⑰出掛ける時に
ジャックがマフラーを取りに二階へ上がった。(P.196)
- これもザックと入れ替わった場面です。
⑱ジニーが見たSF映画で
謎の生命体が人間に姿を変えて
襲ってくるという話(P.186)
- 息子たちが入れ替わっているという伏線。
四人(実際は五人)が
そっくりで見分けがつかない
という伏線も多い。
⑲クラリスが四人の名前を間違えてばかり(P.259)
- これは入れ替わりを補強するための伏線だった。
殺人者とジニーが
交互に日記を読んで綴って
それが時系列通りなら
“奇妙な違和感をおぼえる場面”がある。
「10 ハーフタイム」で
警察がカレン殺しの
犯人を捕まえたと報告に来る。
それが誤認逮捕だと知ってるのに
何も言えないジニーを
殺人者はさんざん馬鹿にしたあと、
殺人者がドクターと一緒に
車で出発する場面が書いてある。
ぼくらはそれぞれハンチングや縁なし帽をかぶり、出発した。ハンドルを握ったのはマークだ。警部がカレンの父親と話している姿が見えた。パパがカーラジオをつけた。
ぼくへのメッセージはないようだね、愛するジニー。もう頑張る気がないのかな?(P.214)
★⑳それを読んだジニーが怒る。
- ジニーが日記を読むのは基本的に息子たちが外出した隙に読む。この場面、確かに殺人者は「出発した」と書いているから車に乗っているはず。そのことを日記に書けるのは帰ってきてからでしかありえない。ところが息子が出発した後でジニーが日記を確認したらもうそのことが書いてあった。ジニーは怒りのあまりその違和感に気づいていない(作者も意図的に書いていない)が、これこそ本作のトリックを見抜く最大の伏線。殺人者ザックは家の中に残っていたのだ。よく見ると「ぼく」が出発した車に乗ったとは一言も書いていない。窓から出発する他の四人を見て、マークが運転席にいることや父親がカーラジオをつけるのを見て、それを日記に書いて部屋に戻っていたのである。
- この伏線は“家の中に殺人者がいること”を示唆しているため、夫人が二重人格で殺人者だった説にミスリードされる可能性が高い。事実、俺はここに気づいた時にそう推理してしまった。
↓
この時、
本物のスタークが出掛けて
ザックが家に残ったことも証明できる。
㉑ジニーの日記にこう記述してある。
あたしは四人をよく観察した。連中は朝食を終えようとしていて、「それはよかった。やっと捕まりましたか」というようなことを口々に言った。ふとスタークがいやな笑い方をしているような気がしたけれど、彼がカバンを取りにいき、戻ってきてあたしを見たときには、すっかりふつうの様子だった。奥さんがため息をついた。さぞかしホッとしたことでしょうね!
彼らが出かけていった。車が発進するのが聞こえた。(P.214)
- おわかりだろうか。警察が来た時、ザックはスタークになって話を聞いていた。いやな笑い方をしたのをジニーに見られた。それからカバンを取りに戻り、そこで本物のスタークと入れ替わった。そして本物の方がそのまま車で出発して、家に残ったザックは日記を書いた……ということです。
もう一つ違和感のある場面。
㉒殺人者がママの部屋に行くと書いて
ジニーが誰のドアが開くか
見張っていたが誰も出て来ない。
その後で殺人者が自分の部屋で
日記を手にしている場面だ。(P.195)
- 殺人者はドアも開けずにいつの間にか日記を夫人の部屋から取って来ている。夫人は一階でピアノを弾いていたし父は留守中。四人の息子は一歩も自室から出ていない。こんなことができるのは、殺人者の部屋が夫人の部屋につながっているのだが……普通は気づかないだろう。
ジャックは物思いにふけって
爪を噛む癖がある。
㉓カレンの葬式や
シャロンが死んだ時も爪を噛んでいた。
爪を噛むのは幼稚で
おねしょをするザックに共通している。
確定ではないが
この場面はジャックと
入れ替わっているのかもしれない。
欠点や疑問など
- 「仕掛け満載」とか「驚愕保証」とか煽りすぎてハードルが高くなっている。
- タイトル詐欺。登場人物表に「ザカリアス」の名前がないのはアンフェア。
- ジニーのアルコール中毒がひどくて共感できない。飲んでる場合ちゃうやろとつっこみたくなる。
- 途中で中だるみしている。かなり前半で殺人者が日記を読んでいる相手がジニーだとわかってものんびり交換日記を続ける意味がわからない。ジニーも自分の命が危ないとなれば強盗のことも殺人者のことも告白して刑務所に逃げるのが最適解のはず。
- 「あら、下で電話が鳴ってるわ」とか、日記に書く必要ある?テープレコーダーならいいけど。
- エピローグにどんでん返しを詰めすぎて混乱してしまう。
- 多重人格という安易なオチにしないのは好感が持てるが、もう一人住んでいたというオチだとリアリティがなさ過ぎる。死亡事故の偽装を8年間も隠し通せるとか、交替ですり替わって外に出るとか、家の中でもジニーにバレないように入れ替わって食事するとか無理では?他の四人もストレスたまるし自分の代わりに変なことされたら困るだろうし。死を偽ってまでしてザカリアスを警戒しているのなら家から出さないようにすべき。
- 四人の中にちゃんと犯人がいて、読者に推理させてほしかった感じ。
- 四つ子の描き分けが薄い。誰が何を好きでどういう性格かが事件にあまり関与しない。四人の特徴を細かく書きだした意味がなかった。
- ジニーがもっと彼らと会話してほしかった。ほぼ会話していないから誰も印象に残らない。
- 四人が一緒に車に乗る場面が多いが、トリックのために毎回ステーションワゴンに全員で乗るのは強引な気がする。
表紙に仕組まれたトリックとは?
この本の表紙。
四人の息子たちが
ひじをついて考えこんでいる姿。
帯で盛大に煽っているから
これの意味がなんなのか
気になる方もいると思います。
ネットのどこにも答えらしきものも
考察する者もいないため
伏線マニアの裏旋探偵が
「ヒント」と「ミスリード」の
二つの考察を落としておきましょう。
まずは「ミスリード」
マーチ博士の四人の息子は
実際は四人……ではなく五人だった。
しかしこの絵を見てしまうと
息子は四人だという
先入観を抱いてしまうことでしょう。
タイトルも四人の息子だし
四人の中から犯人を見つける
推理小説だと思ってしまう。
次にこれを「ヒント」として考察。
黒い影はひじをついて
一見あごを乗せているように見えるが
実際はどこを押さえているかわからない。
全員が“口を押さえている”なら
秘密をしゃべらないよという
共犯の示唆であると
考察することもできるでしょう。
とくに右から二番目は角度的に
口を押さえているように見えます。
また黒い人物は
正面を向いているとは限りません。
横向きで耳を押さえているなら
「聞こえない」ふりをしていて
うつむいて目を押さえているなら
「見えない」ふりをしているのかもしれない。
ジニーも死んで
マーチ博士と夫人も死んだが
すべての秘密を知っている
この四人は無罪放免になった。
タイトル通り
“生き残った”のは――。
『マーチ博士の四人の息子』
好事家のためのトリックノート(トリック分類表)
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