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【ネタバレ注意】東野圭吾『容疑者Xの献身』の感想・伏線解説・考察

 

運命の数式。命がけの純愛が生んだ犯罪。

『容疑者Xの献身』

東野圭吾

(2005年)日本

 

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『ある閉ざされた雪の山荘で』が

かなり好みだったので

東野圭吾作品で最も有名かつ

ベストワンと名高いこの作品へ。

 

あらすじ

私立高校の数学教師

石神哲哉は新大橋通りを南へ歩いて出勤中、

小さな弁当屋「べんてん亭」に立ち寄る。

カウンターで出迎える笑顔の女性。

石神はいつものようにおまかせ弁当を注文。

実は彼がここに寄る理由は

仄かに好意を寄せる女性

花岡靖子と会話をするためだった。

 

花岡靖子はこの仕事をする前は

錦糸町のクラブで働いていて

そこの雇われママだった小代子

その夫・米沢がこの弁当屋を始めたが、

2人だと人手不足なのと

靖子の1人娘の美里が中学生ということもあり

そろそろ水商売から足を洗ったほうが

いいのではないかと説得されて

靖子は弁当屋で働くことにした。

 

靖子は5年前に離婚して

昨年の春に今のアパートに引っ越している。

そしてそのアパートの隣の住人が

さきほど店に来た石神である。

石神が靖子のいる日だけ

弁当を買いに来るものだから

「あの先生、あんたに気があるわよ」と

小代子が靖子をからかってくる。

石神の職業のことは引っ越しの挨拶で

高校の教師だとは聞いていたが

顔を合わせたら挨拶をする程度でしかない。

ずんぐりした体型に丸顔、頭髪も薄く

1人暮らしの40代独身らしい。

とくに意識したこともなかったので

自分に気があると知ってもピンとこない。

 

その日は靖子にとって最悪な1日となる。

「元気そうだな」

聞き慣れた声に靖子は凍りつく。

別れた元夫の富樫慎二がそこにいた。

話があると言うので午後6時半に

ファミレスで会う約束をする靖子。

 

8年前に赤坂でホステスをしていた靖子に

常連客だった富樫がプロポーズ。

外車のセールスマンだった富樫は金持ちで

結婚当初は幸せだったが

富樫が会社の金を使い込んでクビになって暗転。

働きもせず酒に溺れ暴力をふるうようになった。

我慢が限界に達した靖子は

なんとか離婚を成立させたが

富樫は最後まで抵抗した。

あげくには離婚後も靖子に付きまとい

復縁を迫ったり

金を無心してくるようになったので

靖子は娘を連れて引っ越しをした。

ここまで来れば

あの男も諦めるかと思っていたのに……。

 

またもや復縁を迫ってくる富樫は

靖子のアパートにまで押しかけてきた。

そこにちょうど美里が帰宅して

富樫の姿を見て怯える。

靖子は娘を守るため富樫に金を渡して

帰ってもらおうとするが

富樫は平然と言い放つ。

「お前は俺から逃げられないんだ」

その時、

富樫の背後から近づいた美里が

花瓶で富樫の後頭部を殴りつけた。

 

「てめえ、ぶっ殺してやる」

怒った富樫が美里に掴みかかったので

靖子はとっさに炬燵のコードで富樫の首を絞めた。

富樫はコードを外そうとするが

靖子は力を緩めない。

美里が富樫の指をコードから引き離して

おかあさん、はやくっ!と加勢する。

やがて富樫は動かなくなった。

どうしよう……そう思った時、

ドアをノックする音が聞こえた。

 

ドアを開けると隣の部屋の石神がいて

すごい物音がしたけど

何かありましたかと聞いてくる。

靖子は動揺を隠しながら対応し

ひとまず石神を追い返すことに成功する。

と思ったら電話が鳴って

また石神がどうするのかと聞いてきた。

なんのことですかと惚ける靖子に

「女性だけで死体を始末するのは無理ですよ」

という石神。

 

靖子の部屋で富樫の死体を見る石神。

石神はさきほどの玄関の数秒間で

部屋の炬燵に死体を

隠していることを見抜いていた。

娘だけは巻き込みたくないという母親、

母親を殺人者にしたくない娘、

石神は死体を始末する協力を申し出る――。

 

~~~~~~~

 

3月11日。

旧江戸川の堤防で身元不明の死体が発見された。

顔はつぶされて指紋も焼かれているが

自転車の盗難届けから事件の時間帯がわかり、

自転車の指紋と

被害者の借りていたレンタルルームの指紋、

毛髪から被害者は富樫慎二と推測された……。

 

捜査にあたった草薙刑事は

親友である物理学准教授、

湯川学に助言を求めるが

湯川は大学時代の友人である石神が

事件に関与しているのではと頭を悩ませる。

 

石神が花岡親子に与えた

絶対に崩せない鉄壁のアリバイとは?

 

「幾何の問題だと思ったら

関数の問題だった」という謎の答えは?

 

愛する人を救うためならば

どんな手段でもする友人に

湯川はどんな決断を下すのか――。

 

 

作品解説

弁当屋で働く花岡靖子と

中学生の娘の美里は、

復縁を迫ってアパートに押しかけてきた

横暴な元夫・富樫慎二を、

行きがかりから殺害してしまう。

アパートの隣室に住む

中年の数学教師・石神哲哉は、

その異変に気付くも靖子への恋慕から

自ら犯行の隠蔽に協力することを申し出る。

事件を担当することになった刑事の草薙は、

靖子に不審な点を感じながらも

鉄壁のアリバイを崩すことができず、

友人で物理学准教授の"ガリレオ"こと

湯川学に相談を持ちかける。

湯川は事件の関係者に大学の同期で

天才的な数学の才能をもつ石神の名前を見つけ

懐かしさから石神に接触するうちに

ある疑惑を彼に抱くようになる……。

 

天才物理学者・湯川学を主人公にした

ガリレオシリーズ第3作の長編ミステリ。

第6回本格ミステリ大賞、

第134回直木三十五賞を受賞。

国内主要ミステリランキングの

「本格ミステリ・ベスト10 2006年版」

「このミステリーがすごい!2006」

「2005 週刊文春ミステリベスト10」で

それぞれ1位の三冠を獲得。

前述の2つと合わせて五冠を達成した。

 

まず最初に犯罪が起こり

犯人側がどうやって犯行に至ったのか

「倒叙ミステリ」形式で描かれる。

それに対するのは

物理学准教授の湯川学。

彼の独自の論理的思考で

複雑に絡み合った犯罪の糸を解いていく。

 

作中にある台詞で

「幾何の問題にみせかけて

じつは関数の問題」という

意識のすり替えを使い

読者を巧妙にミスリードしている。

ただの倒叙サスペンスで

終わらないのは流石。

 

冴えない中年男が

恋したシングルマザーの犯罪に加担し

捜査を攪乱していくさまは

背徳感を抱きつつも

なぜか応援したくなる魅力がある。

そしてすべての真相が明らかになった時、

石神の行った献身に読者は落涙するだろう。

 

感想

犯人側の視点で描かれる倒叙もので

天才の仕掛けた謎を天才が解く

アリバイ崩しと人間ドラマがメイン。

最後に少し驚く仕掛けがあったことで

なるほどさすがに

賞を取るだけあるなと納得したのですが

よく考えてしまうと

その驚きを入れたせいで

無茶苦茶な部分も目についてしまう。

 

レビューを読んでも賛否両論。

「泣いた」「すごいトリックだ」という人と

「倫理を外れた行動は納得できない」

「どんでん返しの無理が目立つ」という人。

どっちもよくわかる。

賞を取ったから期待が高かっただけに

厳しい目で見てしまうのでしょうね。

 

Wikipediaを見ると二階堂黎人が

「『容疑者Xの献身』は本格ではない」と

疑問を呈して本格論争が起きたそうだ。

要するに「トリックを解く手掛りが

読者に十分に与えられていない」らしい。

そうかなぁ?

俺は「本格」に別に思い入れはないので

こんなに尖った意見は持ってないけど。

 

あと二階堂のいう

「石神が本当に愛していたのは

靖子ではなく実里。

幾何にみせかけて関数の問題という

すり替えの本当の意味は

愛情の対象のすり替えだ」という考察は

さすがに的外れ。

ロリ神なところはまったく無かったし

石神が富樫のハンサムな顔を見て

靖子はこのような顔の男が好きなのかと

嫉妬した(P.43)意味はどう説明するの?

そもそも石神自身が

「彼女たちとどうにかなろうという

欲望はなかった。関われるだけで幸せ」

と言っているので

この考察は真っ向から否定されている。

なにをどう読んで言ってるんだろう。

 

ところで俺だったら

死体を隠すよりも

自首するように勧めるなぁ。

死体を完璧に隠蔽することは難しいし

死体を処理なんかしたら

余計に罪が重くなります。

アリバイ工作をさせるのもそう。

押しかけてきたのは富樫なので

靖子に正当防衛を主張してもらい

それを自分が補助してあげたらいい。

隠し事をすることは心の重荷になり

いつかは耐えられなくなる。

悪手じゃろ。

 

ミステリとしては

トリックに欠陥があるせいで

俺の評価は辛いが

人間ドラマは群を抜いて面白い。

続きが気になって

読む手が止まらなかった。

コレだけで読む価値はあったと思った。

さすがに泣きはしなかったけど

もっと感情移入できていたらなぁ……。

 

 

☆☆☆☆☆ 犯人の意外性

★★☆☆☆ 犯行トリック

★★★★★ 物語の面白さ

★★☆☆☆ 伏線の巧妙さ

★★★★☆ どんでん返し

 

笑える度 -

ホラー度 -

エッチ度 -

泣ける度 △

 

評価(10点満点)

 8点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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※ここからネタバレあります。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1分でわかるネタバレ

<事件概要>

日付:3月9日~不明

場所:江東区森下のアパート、清洲橋の弁当屋『べんてん亭』、旧江戸川の堤防

 

○被害者 ---●犯人 -----動機【凶器】

富樫慎二 ---●花岡靖子花岡美里 ---障害の除去【絞殺:炬燵のコード】

※美里は殺害補助、富樫の死体の処理は石神哲哉が行った。

ホームレス『技師』 ---●石神哲哉 ---利他主義、死体が必要となる状況【絞殺:炬燵のコード】

 

<結末>

花岡親子が映画館に行ったという

3月10日のアリバイが崩せなかったのは当然で

実際に殺人が起きたのはその前日、

3月9日の夜だった。

石神が行ったのは花岡親子の

アリバイを鉄壁のものにすること。

そのために「別の死体」を用意した。

 

石神は身寄りのないホームレス『技師』を

富樫の服に着替えさせて

富樫の部屋で生活させて

10日夜に遠くの駅で殺した。

その死体を富樫だと警察が思ってくれたら

死亡時刻が1日ずれて

花岡親子の10日のアリバイが鉄壁のものになる。

本当の富樫の死体は隠して捨てた。

 

湯川がすべてを見抜いたことに気づいた石神は

自分は靖子のストーカーで

独断で富樫を殺したと言って

すべての罪を背負って自首してきた。

湯川は友人の真意を悟りつつも

真実を言わずにはいられなかった。

石神が行ったことを靖子に話して聞かせると

嘘をつき続けることに

耐えられなくなった靖子も自首する。

「あたしたちだけが幸せになるなんて……

そんなの無理です。ごめんなさい」

留置場に現れた靖子を見て

石神は号泣するのだった。

 

 

どんでん返し

この作品のどんでん返しは

石神が花岡親子に

鉄壁のアリバイを作らせるために行った

犯行日時を1日ズラすトリック。

 

実際に富樫が死んだ3月9日ではなく

3月10日が殺害時刻だと思わせて

3月10日のアリバイを花岡親子に作らせる。

そのために

10日に別の人を殺して

その死体を富樫に偽装した。

つまり死体は2体あったのだ。

 

 

緑色は伏線。ページ数はKindle版です。

 

 

★①【消えたホームレス】

その標的になったのは

ホームレスの『技師』という男。

(『技師』は石神が勝手につけた名前)

彼は10日ほど前からの新入りで

就職先を探していた(P.6)ことから

突然消えたとしても

あいつは就職したんだろうと

誰も気にしない存在だった。

ましてやホームレスになるくらいだから

親戚とも縁が切られて連絡などないだろう。

 

富樫殺しの翌日の3月10日の朝、

石神は『技師』に仕事の依頼を持ちかける。

河川の工事に立ち会ってもらいたいと。

最初は訝った技師も

お金を出されては従うしかない。

前金の5万円を受け取り

石神の言う通りにレンタルルームで

富樫の服を着て夜まで過ごし、

石神と一緒に自転車に乗って

旧江戸川の現場に行くと

そこで石神は彼を絞殺する。

富樫を殺した

花岡家の炬燵のコードを凶器に使用した。

 

わざわざ同じ炬燵のコードを

凶器に使う必要はないだろうと

思うかもしれないが、

炬燵のコードは室内で殺してから

「死体を運んだ」と

警察に思わせることができるため

車を持っていない石神と靖子から

疑惑を遠ざけることができる。

レンタカーを借りたのも死体発見後で

運転は久しぶりだと石神は言っていた。(P.184)

 

それにもしも事態が切迫した場合は

石神が自分1人で富樫を殺したと

自首するつもりだった。

炬燵は入れ替えているので警察には

もう自分の炬燵ということになっている。

逆に言えば

この炬燵のコードを凶器に使った時点で

石神がすべての罪を背負う覚悟だということ。

さりげない凶器の選択ひとつで

石神の覚悟の大きさを表現しているのは上手い。

 

こうして技師の死体に

富樫の死体の身代わりをさせた。

死体の顔と指紋を焼いて身元を隠す細工をしながら

自転車の指紋と服は焼き残しておき

レンタルルームの技師の指紋と一致させて

この死体が富樫だと思わせるよう仕組んだ。

 

花岡親子には10日にアリバイを作ってもらう。

19時から21時10分まで美里と映画を見て、

21時30分にラーメン屋に寄り、

カラオケで1時間半歌って

22時まで完璧なアリバイを作った。

発見された死体の死亡時刻が

10日の午後8時頃なので

警察は映画のアリバイ崩しに躍起になったが

そもそも日にちが違うため崩れることはない。

ダメ押しで美里がその日の昼に

今日母と一緒に映画を見る予定だと

友達(ハルカ)に話しておくことで

急に映画に行ったわけではない

=アリバイを作ったわけではないことを強調した。

 

人間は嘘をつく時、

どれだけ隠そうとしても

動揺が表情や声に出てしまう。

花岡親子が嘘のアリバイを言わずに

本当のことだけ言えば済む方法

死亡を1日ズラすこのトリックだった。

石神の『技師』殺害の動機は

花岡親子を安全な立場にすること、

ただこの一点にある。

 

 

伏線解説(★は巧妙なもの)

湯川は石神が事件に関与していることに

徐々に気づいていく。

 

【ガラスに映った自分の見た目を気にする】

石神がガラスドアに映った

自分の姿と湯川の姿を比べて見て

俺なんかと大違いだ、うらやましいと

愚痴をこぼす。(P.103)

  • 湯川が石神が誰かに恋をしていると見抜く伏線。自分の容姿が気になるのは、これから会う人に良い印象を持って欲しいという心理。つまり恋をしているからだと推理した。

 

【一斗缶の中の燃え残り】

草薙が湯川を訪ねると

湯川は一斗缶の中を棒でつついている。(P.199)

何を燃やしているんだと訊くと

不要になったレポートや資料だと湯川は答えた。

  • 湯川は実際にジャンパーやセーター、ズボンを燃やしてどのくらいの時間で燃え尽きるか計測している。犯人が急いで立ち去る必要があったならそれはどのくらいの時間か。しかし実際に燃え尽きるのは5分とかからなかった。ということは犯人はわざと燃え残しで身元がわかるように仕向けたのだなとこの時点で気づいている。
 
読者が石神の仕掛けた
トリックを見抜くことは難しい。
――が、重要な手掛りが張ってあって
読者にも推理できるようになっている。
 
【映画の半券】
映画を観ていたという花岡親子の
指紋がついた半券が映画館に保管されていた。
2人が確かに映画館に来たのは間違いない。(P.202)
  • まず小さな違和感。映画のアリバイは弱いと思われていたが、映画館の半券に靖子たちの指紋があった。ということはゴミ箱から拾ってきた半券ではないということ。しかし富樫殺しの時の部屋の時計は20時半だった。上映中の映画のチケットは買えないし、時間を遅らせて映画を観たとしてもラーメン屋の21時30分に間に合わない……。なにかがおかしい。
 
【昼に「母と映画に行く」話】
警察の捜査で美里の友達に
映画のアリバイで聞き込みをしたら
美里が10日のお昼に友達のハルカに
「今日の夜、母親と映画に行く」と
話をしたことがわかった。
草薙は計画的な犯行だと言うが
湯川は「ありえない」と首を振る。(P.206)
  • この場面で違和感がさらに濃くなった。読者は映画のアリバイは工作したものだと知っている。事件は富樫が押しかけてきて突発的に起きたものであり、計画的ではなかった。たまたま映画の約束をしていたとしても当日の靖子は出掛ける様子がないし、突然映画に行くことになったらその日の昼にハルカに映画の話をできるはずがない。……ありえない。
 
ここで冒頭の石神の行動を
振り返ってみる必要がある。
 
【事件の朝、石神は弁当を買っていた】
富樫殺しの日の朝、
石神はいつものように出勤して
「べんてん亭」で
おまかせ弁当を買っている。(P.7)
  • 物語の流れから、石神が弁当を買った日の午後に富樫が靖子の元に現れてその夜に殺しが起きているのは間違いない。
 ↓
そして終盤で今までの違和感が
なにが原因だったのか判明する。
★⑧【10日と11日の午前、学校を休んだ石神】
警察の捜査で石神が10日と11日の午前中
2日続けて学校を休んだことがわかる。
「で、その頻度が大体一か月に一度ぐらいの割です、とお聞きしたのですが」草薙は再び勤怠表に目を落とす。「十一日の前日、つまり十日も、先生は午前中の授業をお休みになっている。この時はいつものことだから、事務の方も何とも思わなかったそうなんですが、その次の日も休むと聞いて、少し驚かれたようです。二日続いたことは、今までなかったそうですね」
「なかった……かな」石神は額に手をやった。慎重に答えなければならない局面だ。「まあ、深い理由はありません。おっしゃるとおり十日は、前日に夜更かししたものですから、午後からの出勤にしてもらったんです。ところがその夜になって少し熱が出たので、翌日も午前中は休まねばならなかったというわけです」(P.232)
  • 死体が見つかったのが11日。だから富樫が殺されたのは10日だと読者は思っていた。しかし事件の日の朝、石神は弁当を買いに来ている。弁当を買った後に学校に行かなかった可能性はあるが、10日が富樫殺害の日だとするとこの話は整合性がない。⑨事件が起きた日の日付が書いていないこと、⑩石神が富樫の死体を処理する場面を書いていないこと⑪ホームレスの集団から『技師』の姿が消えていることを合わせて、ここで読者が「日付の誤認」と「死体のすり替え」に気づけるようになっている。
  • 石神は『技師』の殺人の準備のために10日の午前を費やし、夜遅くまで後始末をしていたため翌11日の午前も休みをもらい2日連続で午前を休むという今までなかった行動をとり、湯川にあやしまれてしまう。
  • ⑥の美里がハルカに話した映画の話は事件の翌日のことなので、本物のアリバイ工作を仕掛けていたことになる。

 

わざと日付を書いていないことを

「叙述トリック」に分類するかは微妙で

ほとんどの小説が丁寧に日付は書いてない。

日付がなくても読者は気にしないもの。

その曖昧さをうまく利用した

「日付の誤認」トリックといえるでしょうね。

 

欠点や疑問など

  • 主人公の石神に感情移入できなかった。愛する人のために死体の処理をして、いざとなれば自分に捜査の目を向けさせて愛する人を庇う――。勢いで読めば彼の決断力と行動力、大胆な発想と悪魔的な奸智を大絶賛することでしょう。しかしこれ本当に愛する人のためになるの?とくに、罪の無い第三者を殺す倫理観の無さがやばい。ホームレスには人権がないと言わんばかり。そのせいでもっと多くのことを隠さないといけないし、後始末をしないといけなくなった。天才数学者なのに簡単な足し算もできていない。

  • 靖子も途中から好きになれなくなった。工藤にうつつ抜かしてる場合じゃないだろう。

  • 肝心の死体すり替えトリックが欠陥だらけ。警察がホームレスの死体を状況証拠(レンタルルームの毛髪と指紋、自転車の指紋)だけで富樫と決めつけるわけがない。血液検査、体格の照合、筆跡鑑定などやることが他にもある。自転車をパンクさせたのになぜか丁寧に指紋が残してあるなら普通は偽装を疑う。警察はそこまで馬鹿じゃない。

  • 殺されたホームレスが石神をまったく疑わず奇妙な依頼内容を素直に実行するのは都合良すぎる。自分がホームレスだったらこの人は何者で何が目的なんだとあやしむ。名刺を見せてほしい、どこの会社ですかと問う。技師はそこまで金が必要なほど落ちぶれていない。もっとマシな職につけると思っている人間を騙すのは難しい。前金で5万も渡したら普通そのまま行方をくらますだろうし、夜中に河川の工事などするはずもない。何に立ち会うというのか。ホームレスだってそこまで馬鹿じゃない。

  • 死体を始末する場面が描いていないため、ここになにか仕掛けがあることがバレやすい。

  • 科学的なトリックを期待したが無かった。

  • 天才同士の対決ムードが無い。湯川はけっこう攻撃しているが、石神は防戦一方で最後は自首してしまうので物足りなかった。

  • 毎晩のように公衆電話に出掛ける石神の姿を警察は不審に思わなかったのか?

  • 図書館員がたとえ刑事に対しても利用者の個人情報を他者に簡単に漏らすことはありえない。「図書館の自由に関する宣言」において固く禁じられている。

  • 石神は自殺するところを花岡親子に救われたというが、それは自分勝手な思い込みだし、犯罪に協力する動機として不十分。

  • 最後の号泣場面は人によっては白ける人もいそう。俺は白けるというよりも直前に『ある閉ざされた雪の山荘で』を読んだので、こういうお涙頂戴エンドが好きな作家さんなのかなと思ったくらい。

 

裏旋探偵の推理

今作は倒叙形式なので

とくに推理をすることもなく

楽しく読ませてもらいました。

 

別人を殺してそれを富樫の死体に

偽装するトリックは素直に驚いた。

ミステリーで顔を潰された死体が出たら

所謂「顔のない死体」というやつで、

被害者が入れ替わってる可能性を

疑うのが鉄則ですが、

倒叙形式で先に殺した場面を見ているから

富樫の死体だという刷り込みと

顔を潰した目的が

捜査の混乱を狙った程度のものだろうという

安易な結論に思い込まされてしまったのです。

 

某ミステリ作家に言わせれば

「初歩的な死体入れ替えを

疑わないようでは推理力の衰退」

「先例のトリックを思い出しもできない

記憶力の衰退」かもしれませんが、

俺は何でも疑って読む必要はないと思うし

これはシチュエーションが絶妙だと思う。

さすがに東野先生が1枚上手でした。

 

小説では感情移入が難しかったけど

映画版は堤真一さんが石神、

松雪泰子さんが花岡靖子(やすこ繋がり)

というキャスティングも興味あり。

映像と音楽があるとより感情が高まるので

これなら泣けそうな予感。

機会があれば観てみたいです。

 

余談ながらこの物語を

「アイドルとオタクの構図」と

みている人もいるみたいで

それは言い得て妙だと思った。

決して自分に振り向いてはくれない、

それでもいいから支えてあげたい。

石神が留置場に現れた靖子を見て言った

「どうして、こんなところに……」

という台詞は

自分に振り向いてくれたことより

ここにあなたが来てはいけないんだという

相手の立場を心配するところに

アイドルオタクが見習うべき

献身の精神を感じてしまった。

 

 

 

好事家のためのトリックノートトリック分類表

準備中です。

 

 

 

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