俺の敬愛するカー大先生の
新訳版が発売されたので
この機会に読了。
ジョン・ディクスン・カー
『緑のカプセルの謎』
(1939年)
サブタイトルに
「心理学的殺人事件」とあり、
なかなか興味を引きます。
あらすじ
9月19日。
ポンペイの墓場通りの
ある家の中に入っていく男。
彼はロンドン警視庁犯罪捜査部の
アンドルー・マッカンドルー・エリオット警部だ。
その家の中では
6人の男女がいて、
なにやら口論している。
白い服でダークブラウンの髪をした
美女はマージョリー・ウィルズ。
その婚約者らしき黒髪の美青年は
ジョージ・ハーディング。
パナマ帽の小柄な中年は
マージョリーの伯父の
マーカス・チェズニーという実業家。
その弟で赤い髪をした医者の
ジョゼフ(ジョー)・チェズニー。
そこに
マーカスの友人で心理学者の
ギルバート・イングラム教授と、
チェズニー家の果樹園の責任者の
ウィルバー・エメットがいた。
6人はイギリスのソドベリー・クロスから
旅行に来ていて観光中だった。
ハーディングという男は
この旅行中にマージョリーと知り合ったが
急に婚約する仲になったので
チェズニー兄弟は反対していた。
ハーディングの身元を調べて
科学者だとわかったが
どこの馬の骨ともわからん奴という印象。
ある事件がきっかけで
マーカスたちは
3ヵ月前からこの旅行に出かけ、
もうすぐロンドンに戻るところだったが、
マーカスは旅の間に
この事件の問題を考えた結果、
ある解答を導き出したらしい……。
10月3日。
エリオット警部が
ソドベリー・クロスの警察所に到着。
地区警察本部長のクロウ少佐と
ボストウィック警視と合流して
毒殺事件のあらましを聞いた。
事件の始まりは
6月17日のミセス・テリーの店で起こった。
煙草店兼菓子店であるテリーの店は
カウンターの棚に
チョコレート・ボンボンの箱が3つある。
その日テリーの店に来たものは常連ばかり。
チョコレートは夕方まで売れていなかった。
マージョリーが用事で
店の近くを通った時に
フランキー・デールという8歳の少年に
テリーの店に行って
チョコレート・ボンボンを
3ペンス分買ってくるようにお使いを頼んだ。
フランキーは6ペンスを握りしめて
店に入り3ペンス分にあたる
6個のチョコレート・ボンボンを
袋に入れて店を出た。
マージョリーに渡したら、
袋をレインコートにしまった後、
考え直したように取り出して
この白いクリームのボンボンではなく、
ピンクの箱のボンボンと
交換してくれないかと頼んだ。
フランキーはもう一度店に戻り、
言われた通りに入れ直してもらい、
マージョリーからお駄賃として
残りの3ペンスをもらった。
フランキーはそのお金で
さっきの白いクリームのボンボンを買った。
その後も同じチョコレート・ボンボンが
いくつか売れたのだが
そのチョコレートを食べた者は全員
ひどく苦いと吐き出した。
しかし食いしん坊のフランキーは
最後まで吐き出さなかったため
可哀想にも死亡してしまった。
この毒殺事件で
最初に疑われたのはミセス・テリーだが
自分の店の評判を失うことを
自分でするはずもなく、
やがてマージョリーに
疑いの目が向けられる。
彼女がレインコートの中で
毒入りチョコレートとすり替えたのだと。
しかし、
チョコレートを調べると
合計10個のボンボンから
ストリキニーネが検出されたが
フランキーが交換に持ってきた袋には
6個しかなかったとテリーが証言している。
そのため
マージョリーが犯人だと断定できなかった。
そのような話をしていると
深夜12時20分に
警察所の電話が鳴った。
医師のジョー・チェズニーからで、
兄のマーカス・チェズニーが
毒を飲んで死亡したという。
その様子を3人も目撃していながら
なにが起きたのか誰も説明できないらしい……
マーカスの住んでいる
ベルガード館に到着した
エリオット警部、クロウ本部長、ボストウィック警視。
屋敷の外の芝生に
黒いシルクハット、レインコート、
マフラーにサングラス、
黒い肩掛け鞄が散乱している!?
フランス窓から中に入ると
そこは事務室で、
椅子に座って死亡しているマーカスがいた。
机の上には
チョコレート・ボンボンの箱と鉛筆がある。
今夜ここでなにがあったのか?
ジョーは往診のため
12時過ぎに戻ったばかりで
なにが起きたのか知らないという。
戻ってみたらマーカスは死亡し、
エメットが後頭部を殴られて
意識不明だったのを
二階で手当していたらしい。
マーカスは夕食の席で
今夜ここで寸劇をやると言った。
それは心理的な実験で
誰が見ていてもだまされるという。
目撃者はマージョリー、
ハーディング、イングラム教授の3人。
念を入れて
ハーディングはその寸劇の様子を
映画撮影機(シネカメラ)で撮影する許可を得た。
寸劇は事務室の隣の音楽室に
マージョリーたち3人を席に座らせて
折れ戸から事務室を覗くというもの。
寸劇の間中、部屋は真っ暗にして
撮影照明用電球の強い明かりが
事務室を照らし出す。
何を目撃しても話したり
邪魔することは禁止だと言われた。
12時に寸劇は始まり、
マーカスは机に座ると
机の上のチョコレートの箱を横に押す。
そして鉛筆を取り上げて書くふりをした。
次に万年筆のようなもので
また書くふりをした。
そこでマーカスは横を向く。
突然フランス窓から
黒いシルクハットと
サングラスで顔を隠した
レインコートの男が入って来た!
謎の男は黒い鞄を机に置く。
マーカスは
「おまえは前と同じことをやったな?
次はどうするつもりだ?」と
話しかけるが男は答えない。
そいつはポケットから厚紙の箱を取り出す。
中から緑のカプセルが転がり出た。
そのカプセルをつかむと
マーカスの頭をのけぞらせて
口の中にカプセルを押しこんだ。
びっくりしたようなマーカスが男をにらむ。
謎の男はすぐに鞄を持って
フランス窓から出て行った。
マーカスは喉をごくごくいわせて
カプセルを飲み込む。
数秒後、
机に突っ伏した……と思ったら
笑いながら立ちあがり
折れ戸を閉めてしまった。
これで寸劇は終わったのだ。
部屋の明かりが点いた。
さきほどの男はエメットだと
マーカスは言うが
そのエメットは外で何者かに
殴られて気絶していた。
違う、さっきの男はエメットじゃない。
突然マーカスが苦しみ出す。
痛みにこらえきれず走り回って
やがて力尽きた……。
これは芝居じゃなかったのだと
誰もが騒然となった。
犯人はエメットの代わりに
シルクハットの男になりすまして
毒入りカプセルを飲ませたのだろうか?
10の質問に答える目撃者3人の証言が
いずれも食い違うのはなぜか?
マーカスが用意した寸劇の意味は?
テリーの店の毒殺方法の答えが
この寸劇の中にあるというのだが……
マージョリーに好意を抱いてしまった
エリオット警部は
彼女が犯人ではないかと葛藤する。
事件が暗礁に乗り上げた時、
エリオット警部は
難事件をことごとく解決してきた
探偵のギディオン・フェル博士を頼る。
真相にあと一歩まで迫った
フェル博士だが
シネカメラに映ったある矛盾に
頭を悩ますことに―――。
解説
ソドベリー・クロス村で
チョコレート・ボンボンに
毒が入れられるという事件が発生した。
その謎を解いたという実業家が
身内を集めて行った
心理的な寸劇の最中に
本当に毒殺されてしまう。
実験の様子を記録したシネカメラに
透明人間のような毒殺犯の
正体を暴く手掛かりはあるのか?
アリバイ崩しの本格ミステリー。
ジョン・ディクスン・カーの長編第28作。
ギディオン・フェル博士の長編第10作。
本作はカーお得意の
密室殺人でもなく
オカルト要素もない、
毒殺を扱ったアリバイ崩しが主眼。
事件の概要は
ある小さな村で起こった
毒入りチョコレート事件から始まる。
そのトリックを
マーカスという実業家が解き、
人間はいかに注意深く見ていても
簡単にだまされることを証明しようと
寸劇を行ったが、
その最中に毒殺されてしまう。
寸劇のあとでマーカスは
10の質問を用意していたが
そこには罠が仕掛けてあった。
目撃者の3人は
同じものを見たはずなのに
それぞれ意見が食い違う。
そして3人は毒殺の様子を
別の部屋から見ていたので
お互いにアリバイが成立し、
もう1人の関係者にもアリバイがあった。
犯人は「透明人間」のように
黒い衣装で姿を隠し、
マーカスの計画を利用して
まんまと毒を飲ませた。
いったいどうやったのか?というもの。
大がかりなトリックはないが
「時計の誤差を生んだトリック」と
「座席の位置」の意味や
あの「早業」は面白い。
「読唇術」が解決の
決め手になるのも味がある。
肝心の毒殺トリックは、
小粒ながら
手品的な発想はカーらしい。
この物語では
ワトスン役のエリオット警部が
容疑者のマージョリーに恋をして
悩む姿が見られる。
ロマンスの締め方は
やっぱりカーらしさが溢れている。
第18章は「毒殺者」について
過去の犯罪史から
毒殺魔の手口や思考を
実例から分析し、
この事件の毒殺者に
当てはめて考察するという
「毒殺講義」になっている。
欠点としては……
●毒殺トリックは
2段階あるがどちらも
ややインパクト不足。
●寸劇のトリックは、
「音」のことをガン無視している。
たしかに「視覚」は
ごまかせたと思うが
「音」は無理があるだろう。
(声の件も含めて)
●エリオットが
恋を告白するのが唐突。
●で、石を投げたのは誰?
銃の暴発の件も
本当に必要だったのか?
●メイドが聞き耳を
立てているからといって
探偵役が読者に対して
嘘を言ってはいけない。
俺の感想
松田道弘氏や都筑道夫氏などが
称賛していた作品だったので
かなり期待していたが
少し期待しすぎていた感じ。
奇妙な寸劇の内容と
10個の不思議な質問で
グイグイ読ませるし、
フィルムの上映会や
ラストの犯人逮捕までの緊張感は
とても素晴らしかった。
それだけに
あと一歩と感じてしまったのは
毒殺トリックが
物足りなかったからだろう。
寸劇自体に「騙し」のトリックがあり、
さらに真犯人が手を加えたことで
余計に混乱させる手法はお見事。
さすがカー先生でした。
ひとつ残念なのが
欠点で指摘したフェル博士の嘘(P.245)。
あえてここで
嘘をつく必要があったのだろうか?
素直に読んだ読者には
納得いかないだろうし
絶対に必要でもなかったので
個人的には不満が残ったかな。
新訳となって読みやすいので
カー初心者はおすすめ。
マニアには物足りないでしょう。
★★★☆☆ 犯人の意外性
★★★★☆ 犯行トリック
★★★★★ 物語の面白さ
★★★☆☆ 伏線の巧妙さ
★★☆☆☆ どんでん返し
笑える度 -
ホラー度 -
エッチ度 -
泣ける度 -
総合評価(10点満点)
7.5点
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※ここからネタバレあります。
未読の方はお帰りください。
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●ネタバレ解説
○被害者 ---●犯人 ---動機【凶器】
①フランキー・デール ---●ジョージ・ハーディング ---不明【毒殺:ストリキニーネ】
②マーカス・チェズニー ---●ジョージ・ハーディング ---金銭欲【毒殺:青酸】
③ウィルバー・エメット ---●ジョージ・ハーディング ---口封じ【毒殺:青酸】
結末
マーカスの寸劇の協力者は2人いて
それはエメットとハーディングだった。
エメットが「透明人間」をやるように思わせて
ハーディングが入れ替わる。
この寸劇を利用して
毒入りカプセルを飲ませて殺した。
口封じにエメットを殴り、
後で青酸を注射して始末した。
テリーの店に毒入りチョコを仕掛けて
毒殺者の影におびえさせて
マージョリーに近づいた彼は、
最初からマーカスを殺し、
マージョリーと結婚して
遺産を手に入れるつもりだった。
シネカメラで撮った映像は
すり替えた物だったが、
読唇術で偽物だと発覚して、
エメット以外にあの男役ができる人物は
ハーディングだけとなり逮捕される。
●毒殺トリック。
テリーの店に毒入りチョコレートを
仕掛けたトリックは簡単な手品。
<万引きの友>という
鞄の底にバネ仕掛けの装置のある
手品用の鞄を用意する。
毒入りのチョコレートの箱を
中に入れて店に入る。
隙をみて箱を置き、
代わりに本物の
チョコレートの箱を取り込んで
持って帰る、というもの。
毒入りチョコレートは、
箱の中の
上層に無害のチョコを入れ、
下層に毒入りチョコを入れて
事件発生までを遅らせていた。
事件当日の
店の出入りを調べても
意味が無かった。
●入れ替わりのトリック。
寸劇に闖入してきた謎の男が
実は入れ替わっていたこと。
それに加えて
それを目撃していた人物も
実は入れ替わっていたという
二重の入れ替わりトリックが使われている。
謎の男の入れ替わりも
目撃者の入れ替わりも
被害者自身が計画していたことで、
それを真犯人が利用したにすぎない。
謎の男は
エメットが演じているように見せて
ハーディングが演じていた。
シネカメラで撮影していたのは
ハーディングではなくて
エメットだったのだ。
入れ替わりをスムーズに行う為に
ハーディングが座った席は
フランス窓に近い左側であった。
シネカメラを構えているために
もし見られても顔がよくわからない。
ただし上の欠点で指摘したように
「音」の問題がある。
窓を開ける「音」
外に出る「音」
シネカメラが遠ざかる「音」
用済みのエメットを殴った時の「音」
倒れた「音」
服を脱いだ「音」
それに加えてエメットの声と
ハーディングの声を
間違うだろうか?という疑問。
かなり無理があって
危ない入れ替わりだと言わざるを得ない。
●マーカスの10の質問。
犯人の毒殺トリックよりも
被害者の寸劇の謎の方が面白い。
マーカスは寸劇の後で
10の質問を用意した。
どれだけ注意深く見ていても
正確に答えられないという。
一、机に箱があったか?あったのならば、どのようなものか述べよ。
(マージョリー「もちろん、ヘンリーズのチョコレート・キャラメル・ボンボンの二ポンド入りの箱よ。ラベルは見えなかったけど、鮮やかな緑の花柄だった」)
(ハーディング「あり得ないよ。花の色は暗い青だ」)
(イングラム教授「二人とも正しい。理由は後の質問でわかる」)
二、わたしが机から取りあげた品々はなんだったか?その順番は?
(マージョリー「最初に鉛筆で書くふりをして、次に万年筆で書くふりをした」)
(ハーディング「最初は鉛筆、次は万年筆ではなく、別の短い鉛筆でした」)
(イングラム教授「どちらでもなかった。……わかった。吹き矢でした」)
三、何時だったか?
(マージョリー「深夜12時」)
(ハーディング「深夜12時頃」)
(イングラム教授「深夜11時59分」)
四、フランス窓から入ってきた男の身長は?
(マージョリー「六フィート。ウィルバーとジョーおじさんと同じ」)
(ハーディング「六フィートぐらい。もう少し高かったかも」)
(イングラム教授「五フィート九インチ。ハーディングと私と同じ。あるいは長いレインコートの中で膝を曲げていたら六フィート」)
五、その人物の衣装を述べよ。
(3人とも「古いシルクハット、レインコート、茶色いウールのマフラー、黒いサングラス、黒いズボン、イヴニング・シューズ、ゴム手袋、黒い肩掛け鞄」)
六、その人物は右手になにを持っていたか?その品を述べよ。
(3人とも「黒い肩掛け鞄。医学博士R・H・ネモと書いてあった」)
七、その人物の行動を述べよ。机からなにか取りあげたか?
(マージョリー、ハーディング「いいえ。なにも取りあげなかった」)
(イングラム教授「はい。男は緑の花柄のヘンリーズのチョコレート・キャラメル・ボンボンを取りあげ、青い花柄のヘンリーズのチョコレート・ペパーミント・ボンボンをかわりに置いた。どうやってすり替えたかは訊かないでくれたまえ」)
八、その人物はわたしになにを飲みこませたか?わたしがそれを飲みこむのにかかった時間は?
(マージョリー「ひまし油のカプセル。飲みこむのは二、三秒かかった」)
(イングラム教授「たしかに、ひまし油のカプセルに見えた。飲むのに苦労していた」)
(ハーディング「ぼくは、緑のブドウだと思った」)
九、その人物が部屋にいた時間は何分か?
(マージョリー「男が窓から入って、出て行くまでは二分」)
(ハーディング「二分半」)
(イングラム教授「きっかり三十秒です。人はあまりにも時間を長く見積もる傾向にある」)
十、ひとり、あるいは複数の者はなにを話したか?その内容は?
(マージョリー「シルクハットの男は一言もしゃべらず、マーカスおじさんは一度だけしゃべったわ。“おまえは前と同じことをやったな。ほかにどんなことをするつもりだ?”と」)
(ハーディング「同じく。話した言葉はそれで全部」)
(イングラム教授「反対。ハーディングが“シーッ!透明人間だ!”と言い、マージョリーは“やめて!やめて!”と小声で言うのを聞いた。ふたりともこの部屋を出ることはなかったというアリバイを提示できる」)
この質問の中には
悪質なひっかけも入っていて、
例えば<四>の身長に関する質問、
マーカスは寸劇の後で
あの人物は
エメットが演じていたと
わざとバラしている。
ということは
エメットの身長を答えればいいから
六フィートと答えてしまいがちだが、
実はハーディングが入れ替わっているから
五フィート九インチが正解。
なにを見ていたのかね?と
笑うマーカスの姿が目に浮かぶ。
<二>の時間の質問は、
あらかじめ時計の長針を外して
下から強い照明を当てて
短針の影を白い盤面に映して
2本に見せている。
寸劇の時間を
12時開始にしたのはこのため。
観客の見る角度によって
1分ずつ影がずれて
時間を誤認させるという
なかなか面白いトリックを使っている。
鋭いイングラム教授が
ほとんど騙されていないのが凄い。
●伏線の分析。
重要なカギになるのが
①撮影照明用電球の使用時間だ。
“このとき撮影照明用電球が一瞬、強烈に煙たい閃光をあげて、ふいに焼き切れた。全員が驚き、隅にある緑のシェードランプだけではぐっと薄暗くなったように感じた。”(P.120)
→このランプは後に
今日の朝に買ってきたものとわかる。
専門家によると1時間はもつらしい。
しかし、今日ここで深夜12時から使用したとしても
30分で焼き切れてしまった。
とすると、
それ以前にも使用したということになり、
他に撮影を行ったという事実が導きだされる。
②マーカスがテリーの店の
チョコレートの箱の
正確な大きさを知りたがる。
→箱の大きさで
用意する鞄の大きさが決まるから。
この時点でトリックに気付いている。
③マージョリーがエリオット警部を見て
「あなた以前にお会いしたことがない?」
→エリオットには
冒頭のポンペイの件以外に
彼女と出会った秘密があると
読者に匂わせている。
④エリオット警部が
初対面のはずの男の名前を
うっかり言ってしまう。
“「ご協力に感謝します、ミス・ウィルズ。いまのところは、これだけ伺えばよろしいでしょう」エリオットは立ちあがった。「イングラム教授とミスター・ハーディングはどちらに?ご存じですか?」”(P.69)
→初めてこの家族の家を
訪れたエリオットだが
前からこの家族のことを
調べていたため
うっかり名前を言ってしまった。
クロウ本部長がそれに気付いて指摘する。
⑤机の上の
万年筆らしき尖った物が見つからない。
→これは時計の長針だった。
あとで元に戻して隠した。
長針のない時計は
白い文字盤に短針の影が伸びて重なり
目撃した3人の角度が違う為に
1分ずつの誤差が出たのだ。
(「時計の誤差を生んだトリック」)
⑥物を落としてばかりのメイドと
ベッドに潜って隠れるメイド。
→前者がパメラ。後者はリーナ。
時計の調整ネジを折ったのはパメラ。
ハーディングに情報を流したのはリーナ。
どちらもクセ者。
⑦事件の日、
マージョリーがハーディングを置いて外出。
“「それにわたしはあの人を怖いとは思わない。あの人が十人いたって平気よ。でも、常識外れのことをするから、あんなふうに言われるの。あの人ったら、どうして昨日ひとりでイングラム教授のところなんかに行ったの。午前中から午後の半分も。あんなに素敵な恋人をここにひとり残して。それにレディングのミセス・モリソンの家に行くなんて言って、何度もロンドンに出かけてる。男に会いにいったのよ、そうに決まってる」”(P.238)
→ここで注意すべきは
マージョリーの行動ではなく
昨日の午後0時に
この館にいた人物たちである。
寸劇のリハーサルをやるなら
時計のこともあって
午後0時しかチャンスはない。
●複雑な動機。
正直言って
動機はよくわからん。
目的はマーカスの財産で
マージョリーと結婚して金と女を
自分の物にするというのはわかる。
その前のテリーの店に
毒入りチョコレートを置いて
村に毒殺魔が出たと思わせることの
動機がよくわからんかった。
その毒殺者を作ってどうしたかったのか?
マージョリーが疑われることは
想定してなかったはず。
マーカスが見破ることも想定してなかった。
毒殺のテストというわけでもないし、
いったい何がやりたかったのか
さっぱり理解できん。
●フェル博士のついた嘘。
この作品で納得のいかない点として
フェル博士が嘘をついていることを挙げた。
それはこの場面だ。
“「あんたが自分の説を押し通そうとすれば、自分の手で自殺者を出して事件を締めくくることになる。そうなれば大変だよ、あのお嬢さんは犯人ではないし、わしはそれを証明できるからだ。わしたちは見たこともないような、とてつもなく大きくて、ちらちら光るめくらましに騙されていたんだ―――やれやれ!―――だがようやく、あんたは真相を聞くことになる。だから、ろくでもない研究所のことなんか忘れなさい。マージョリー・ウィルズはこの事件になんの関係もない。ハーディングの研究所からなんの毒も盗んだり、借りたり、手に入れたりしておらん。そしてこう言わねばならんのは残念なくらいだが、ハーディングも関係ない。そこはわかったかね?」”(P.245)
「ハーディングは関係ない」と
言っておきながら
ハーディングが犯人だった。
フェル博士は嘘をついていた。
この場面、
ハーディングに好意を持っている
メイドのリーナが話を聞いていた。
だからリーナに聞かせて
ハーディングに伝われば
警戒が薄くなることを利用して
最後に捕まえるという作戦なのだ。
しかし、
リーナとハーディングの関係性が弱いし、
マージョリーと結婚した以上は
すぐ逃げられる立場にないわけだから
たとえ疑われても切り抜ける手を
考えていただろう。
フェル博士が素直な読者を
ミスリードする必要は全くなかった。
マージョリーは犯人じゃないと
言うに留めるだけでよかったと思う。
探偵役が
ハーディングは関係ないと
シロにしたことで
イングラム教授とジョー医師の
二択になっていたはずだ。
そこに「実はハーディングでした」では
さすがにフェアではない。
リボルバーの件も
事故じゃないかもと言った理由が
読者を惑わすだけだったのでがっかり。
作品の評価が下がってしまった。