刑事コロンボ
#10『黒のエチュード』
[ETUDE IN BLACK]
(1972年9月17日放送)アメリカ
(1973年9月30日放送)日本
<あらすじ>
一流交響楽団の指揮者アレックス・ベネディクト(ジョン・カサヴェテス)は、愛人のピアニスト、ジェニファー・ウエルズ(アンジャネット・カマー)に妻との離婚か2人の関係を公にするかを迫られ、殺害を決意する。妻ジャニス・ベネディクト(ブライス・ダナー)の母親が楽団の理事長で、離婚は現在の地位を失うことを意味するからだ。コンサート前にホールを抜け出し、ジェニファーの家を訪れたアレックスは彼女を昏倒させ、ガスによる自殺に偽装した――。
<スタッフ>
監督 ニコラス・コラサント
脚本 スティーヴン・ボチコ
原案 リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク
制作 ディーン・ハーグローヴ
ストーリー監修 ジャクソン・ギリス
音楽 ディック・デ・ベネディクティス
撮影 ハリー・ウォルフ
<キャスト>
ピーター・フォーク(コロンボ)ロサンゼルス市警警部
ジョン・カサヴェテス(アレックス・ベネディクト)指揮者
アンジャネット・カマー(ジェニファー・ウエルズ)ピアニスト
ブライス・ダナー(ジャニス・ベネディクト)アレックスの妻
マーナ・ロイ(リジー・フィールディング)ジャニスの母、交響楽団の理事長
ジェームズ・オルソン(ポール・リフキン)吹奏楽者
ドーン・フレイム(オードリー)ジェニファーの隣家の少女
パット・モリタ(使用人)ベネディクト家の使用人
感想
『黒のエチュード』は
シーズン1の好評を受けて
制作されたシーズン2の第1作。
この作品だけ
旧版の75分版と
新版の96分版の
2種類が制作されている。
妻の母親が理事長を務める
交響楽団の指揮者アレックスは
浮気相手のピアニストが邪魔になり
コンサート直前の楽屋から
こっそり抜け出して
早業で戻ってくるという犯行を計画し、
上手くいったかに思えたが
タキシードの襟に挿していた花を
殺人現場に落としたことに気づき……。
終盤に「は!?」っていう
どんでん返しがあって
そこは良かったが
余計に難しい状況になったので
時間的に大丈夫かなと心配した。
サングラスに落とした花が映る合成は
失礼ながら笑ってしまった。
まあ意味はわかるよ。
ギャグにしか見えなかったけど。
あと今回気づいたのは
コロンボってしゃべるときに
逆水平チョップが多い。
手を落ち着き無くヒラヒラさせて
セーフみたいな形で横に振る。
モノマネするときは
これに指差しを加えるといいだろう。
印象に残った人物では
健気な妻のジャニスが可愛そうだった。
演じたブライス・ダナーが
グウィネス・パルトローの
お母さんと聞いてなるほどと納得。
おませな少女オードリーは個性強い。
理事長がリジーという名前なのは
ダジャレみたいで面白い。
意外な有名人で
ベネディクト家の使用人に
『ベストキッド』のミヤギ役
パット・モリタが出ていた。
結局今回は名前が付かなかったが
コロンボが犬を拾って
育てることになったようだ。
☆☆☆☆☆ 犯人の意外性
★★★★☆ 犯行トリック
★★★☆☆ 物語の面白さ
★★★☆☆ 伏線の巧妙さ
★★★★☆ どんでん返し
笑える度 -
ホラー度 -
エッチ度 -
泣ける度 -
評価(10点満点)
7.5点
※ここからネタバレあります。
1分でわかるネタバレ
○被害者 ---●犯人 -----動機【凶器】
①ジェニファー・ウエルズ ---●アレックス・ベネディクト ---障害の除去【二酸化炭素中毒:ガス】
<結末>
事件当日に被害者の家に来た
タキシードの男を知っているという
隣家の少女オードリーを連れて
顔を確認させると
その相手はポールの方だった。
嫌疑がそれてホッとするアレックス。
ポ-ルが犯人じゃないことを
知っているコロンボは
事件当夜の映像が
まだ残っていることに気づき、
アレックスとジャニスを
ビデオカメラの調整室に連れて行き
コンサートで指揮するアレックスの襟に
花が付いていない映像を見せる。
あの日は花は付けなかったと
言い逃れをするアレックスだが
被害者宅から出て
インタビューに答える映像も残っていて
そこではアレックスの襟に
しっかり花が付いていた。
それは終演後に花を付けたんだと
またもアレックスは取り繕うが
ジャニスは夫の裏切りを確信し
終わった後も花は
付けなかったと証言する。
観念したアレックスは
取り調べに連行されるのだった。
トリック解説
今回アレックスの使った
「犯行トリック」は
オンエア殺人に近い形の
アリバイに重点を置いたトリック。
まずは準備段階として
被害者ジェニファーの家で
こっそりタイプライターを使い
遺書を書いておく。
そして殺人の日はコンサート当日。
17時半頃、
車を自動車修理工場に預ける。
その際にトイレの窓の鍵を外しておく。
迎えに来た妻の車で
コンサート会場の楽屋に入る。
警備員に時間まで誰も通すな
電話も取り次ぐなと頼み
楽屋から外へ抜け出す。
走って3分半の
終業後の修理工場に行き
トイレの窓から中に入り、
預けていた自分の車に乗って
ジェニファーの家に行く。
ジェニファーがピアノを弾いている時
後ろから灰皿で殴って気絶させ、
台所の椅子から転んで
棚に頭をぶつけたように偽装し
ガスの元栓を開けて
遺書をタイプライターに挟み
急いで会場に戻る。
演奏を終えて楽屋に戻ると
ジェニファーが死んだと聞いて驚く――。
といった流れの犯行だったが
被害者がガスで死ぬ前に
意識を取り戻したら終わってしまう。
車をこっそり取りに戻るのも
誰かに見られたらアウト。
かなり綱渡りの犯行計画だ。
指揮者が犯人で
楽器演奏者の愛人を
灰皿で殴ったり、
ペットが巻き込まれて死ぬ共通点から
古畑任三郎の『絶対音感殺人事件』の
オマージュ元と思われます。
犯人を逮捕するために
今回コロンボの仕掛けた
「逆トリック」において
最も重要だったのが
妻ジャニスの微妙な心情を
こちら側に利用すること。
ジャニスは夫を深く愛し
かなり信じているが
その反動で些細なことでも
疑いやすくなっている。
彼女を味方に出来れば
アレックスを追い詰めることが出来る。
「彼女は優しいから」という
誰も気づかないような伏線が張ってあり
コロンボは彼女の優しさの裏にある
裏切られた時の反動に賭けた。
逮捕の決め手になったのは
現場に落とした「カーネーションの花」だ。
コロンボはアレックスとジャニスを
カメラの調整室に連れて行き
2つの映像を見せる。
1つ目のコンサートの録画では
アレックスは花を付けていなかった。
いつもは襟に花を付けているが
あの日はジェニファーの件で
忙しくて付けるのを
忘れたのだろうと弁解した。
しかし終演後、
ジェニファーの家に来たアレックスが
落ちた花を拾って付けたのを
コロンボが見ている。
そこで2つ目、
ジェニファーの家から出て来て
テレビのインタビューに答える映像。
アレックスの襟に
しっかり花があることが確認できる。
するとアレックスは
終演後に花を付けたんだと言った。
「あの日は花を付けなかった」
「わからんな」
「それがどうだと言うんだ」
「楽屋で花をつけて出たんだ」
「ショックで混乱してたんだ」
さっきから証言があやふやで
何かを隠そうと必死なアレックス。
これを横で黙って聞いていたジャニスは
夫が嘘をついていることを確信した。
コロンボはジャニスに確認をする。
「奥さんの記憶もそうですか?」と。
ジャニスは首を振る。
「終わった後には付けなかったわ」
ジャニスは最後まで彼を信じたかった。
本当はかばいたかった。
それくらい愛していたから。
でも……出来なかった。
愛情が深すぎるゆえに
裏切られた反動で憎しみの感情も
大きく膨れ上がってしまい
殺人を許すことなどできなかったのだ。
それもまた彼女なりの優しさなのだろう。
アレックスにとっての誤算は
優しいジャニスなら
僕の味方をしてくれると
最後まで思っていたこと。
うっかり付けてなかったと言ったが
僕が口説けば証言を変えてくれる。
そう思って丸め込もうとしたが
彼女の気持ちは変わりそうに無くて
結果的にアレックスは
犯行を認める形になった。
コロンボも時間を与えてしまうと
失敗する可能性もあったから
彼女の優しい部分が
出てしまう前に勝負しないといけない。
口裏を合わせられると
もう証拠が無くなってしまう。
まさに賭けだった。
実際に終演後にジャニスの前では
花は付けていなかったが
アレックスは妻の車を借りて
1人でジェニファーの家にやって来ている。
そのどこかで花を付けた可能性は
大いにあるのだが
ジャニスは見ていなくても
見ていたのと同じように
彼が花を付けていない確信があった。
それは愛情の印である花を付けて
演奏してくれなかったことへの
裏切りも含まれているのかもしれない。
犯人がミスをしたり
偶然の出来事から
事件の真相が露顕する
「発覚トリック」を解説。
まずコロンボは被害者の
自殺の動機に疑問を持った。
ジェニファーは美人で名声もあって
裕福で何も死に急ぐ理由が無い。
こういう場合は「男」が原因だと
コロンボは推測する。
この時点でコロンボは殺人だとしたら犯人は男だろうと読み、どんな男と付き合っていたかを探ろうとしている。ついでに、こんな美人で特徴もたくさんある人物なのに、書類では「女性・白人・ピアノ奏者・出身地ウィスコンシン」といった簡潔な内容でまとめられることに虚しさも覚えていた。
妻のジャニスにアレックスが
ジェニファーの電話番号を
覚えていることを不審がられる。
直前にジェニファーとの関係を聞いてただの仕事仲間と言っていたが、電話帳も見ずに暗証できるくらいに覚えているのは不自然ではないか?深い仲じゃないのか?ジャニスの疑惑は晴れない。
インコのショパンも
ガスで死んでいたが
ジェニファーが本当に自殺するなら
インコを預けるか逃がすかして
巻き込んで殺したりしないはず。
隣の家の少女オードリーが言うにはジェニファーが留守をするときは必ずショパンを預けに来るそうで、長年飼っていたにしては非情なことをしたという矛盾が生じている。
遺書がタイプライターで
書き残されていた。
自殺の書き置きは
普通は手書きが多い。
タイプライターの文字だと本人の自筆ではない可能性が出てくる。「彼女は字が下手で、なんでもかんでもタイプで済ます人だったんだ」とアレックスが口をはさむと「なぜご存じで?」とコロンボにつっこまれる。
そのタイプライターで
続きを打とうとすると
文字が微妙にずれていた。
誰もこの紙に触っていないとすると
この紙は一度引き抜かれたあと
もう一度差し込まれた可能性が高い。
つまり犯人がこのタイプライターで遺書を書いて殺害後に差し込んでいる。その人物はかなり親しい間柄でジェニファーの部屋に入れる人物であると特定される。
アレックスの車は
とくに故障していなかった。
しかも預けた時と
引き取りに来た時に
走行距離のメーターが
9マイル(14.48km)増えていた。
コンサート会場から修理工場まで約3分半、こっそり工場に忍び込み車を動かしてジェニファーを殺しに行ったとコロンボは推理する。工場とジェニファーの家までの往復した距離がきっかり9マイルだった。アレックスは工場で調子を見るためにメカニックが乗ったんじゃないかと言うが、コロンボはメカニックから車を動かした覚えはないと裏を取っていた。アレックスは苦し紛れに、物的証拠がないと裁判に勝てんよと笑うが……。
コンサートの映像では
襟に花が付いていなかったが
被害者の家から出た時には
襟に花が付いていた。
現場で花を拾って挿しているのを
コロンボに目撃されてしまう。
逮捕の決め手になった「花」。花が一輪、現場に落ちていることに警察は気づかないかもしれない。しかし、気づかれたら終わってしまう。なぜならば、この襟に挿せるように加工したカーネーションの花は、直接アレックスを指し示す物理的な証拠なのだ。いわば彼のトレードマークのようなもの。だからこそ、危険を冒しても回収しなければならなかった。そして、不運にも花を挿している姿が映像に残っていたのである。
伏線解説(★は巧妙なもの)
①【カメラの位置を変更する】
コンサート会場に来たアレックスは
調整室のフランクに注文する。
「今回はカメラの位置を変えてもらいたい。1台はいつも通り僕を撮って、もう1台ステージ上手にカメラを。あとの1台はロングからワイルドに動きのある映像が欲しい。いつもの退屈な画面はやめろ」
- アレックスはピアニストのジェニファーを殺すのでピアノ側(下手)を映す必要がないことを知っている。だからカメラを上手(かみて)に移動させている。
- ピアノはステージ下手(しもて)に置く決まりがあって、観客席から見て左側、演者側から見て右側にピアノがある。(「ピアニッシモ」と覚えておくといいです)
②【チャイコフスキーの幻覚】
開演前のアレックスに
ジャニスとリジーが会いに来た。
緊張してるかと聞かれたアレックスは
不安を紛らわすように
こんな笑い話をする。
「チャイコフスキーは不安のあまり、いつも開演前に幻覚に襲われたそうです。一度などは“頭がもげて落ちる”と信じ込んで、コンサートの間中、左手で頭支えて右手で指揮したとか」
「まあ」「ホホホッ」と2人は笑う。
- この笑い話が現実になります。アレックスは本番のコンサートの指揮中に襟に挿した花が無いことに気づく。それ以降、どこで落とした?まさかジェニファーの家か?と不安に襲われてコンサートの間中、心が落ち着かない状態で指揮することになった。
★③【被害者宅を出た時のインタビュー映像】
ジェニファーの家を出たとき、
押しかけていた報道陣に囲まれて
足早に歩くアレックスが
「ジェニファーという偉大な才能を失った」と
インタビューに答える。
- アレックスは現場に落とした花を回収するためにわざわざ警察のいるジェニファーの家まで向かった。そこで拾った花を付けて外に出ている。報道陣のカメラがしっかり証拠をとらえていた。コンサートの映像が証拠になりそうなことは視聴者も気づいただろうが、ジェニファーの家を出た時に撮られた映像が決め手になるとはちょっと予想外。しかもここ、遠目の俯瞰視点でフェードアウトしていくので、重要そうではないように見せているのが上手い。
④【優しいジャニス】
アレックスがコンサートホールに入ると
ピアノの音がする。
中を覗いてみると
コロンボが弾いていた。
また先回りしてきたかと
うんざりするアレックスが質問。
「よくここがわかりましたね」
「奥さんにお電話したら気持ちよく教えてくださったんです」
「ああ、あれは誰にでも親切で優しいからね」
- ジャニスが優しい性格という伏線。「逆トリック」のところで説明したように、アレックスの逃げ道をふさいだのはジャニスの証言だった。コロンボに「TVブースに来てください、そうすれば二度とお邪魔はしません」と言われた時に、ジャニスは「決着をつけましょう」と渋るアレックスを促していた。一刻も早くすっきりさせたい、それがアレックスにとって諸刃の剣になるとしても、彼の苦悩を取り除いてあげたい。そんな気持ちからだったように思う。
欠点や疑問など
- 体当たりで簡単にドア壊れるのはちょっと……。
- ジェニファーはコンサート当日に直前まで家にいたということになるが、家でのんきにピアノ弾いてる場合じゃないのでは?。車で往復9マイル(14.48km)は片道4.5マイル(7.24km)で、10~12分の距離か。7時半集合ということだから7時過ぎには家を出るとして、殺害時刻は6時半~7時の間だろうか。……なら間に合うか。
- わざわざ本番用のタキシードにコートを羽織って殺人に行かなくてもいいのに。私服なら花が落ちることもなかったし。
- 会場から外、修理工場、道中の移動、ジェニファー宅とあまりにも人に見られる危険が高い。夜ならまだしもまだ日が落ちてないのに。
- ショパンはインコと呼ばれているが実際はオウム「Cockatoo(コカトゥー)」。簡単にインコとオウムの見分け方を言うと、インコ=冠羽がない、羽色がカラフル、よくしゃべる。オウム=冠羽がある、羽色が白、しゃべりが下手。ショパンは「キバタン(Sulphur-crested Cockatoo)」という種類のオウムです。
- コロンボが拾った犬。吹替えは「池(pond)で溺れていたのを拾った」ことになっているが、原文だと「pound」になっているからこれは「dog pound」のこと。さまよっている犬を収容する施設のことです。相変わらず翻訳がひどい。池で溺れていたわけじゃなくて、収容所にいた野良犬をかわいそうになって助けたということですね。『もう一つの鍵』の「mistake」という素晴らしい伏線回収が抄訳のせいで台無しになって低く評価されてるのを俺は恨みます。
- ジャニスは公演直前に殺害して戻ったアレックスに会っている。その時にタキシードの襟に花が付いてないことに気づかないのは不自然。今日のために用意した花を付けていないのだから気になると思う。
- 疑問なのが――コロンボはピアノの下に落ちている花に、本当は気づいていたんじゃないかということ。先に現場に来て自殺か他殺か議論する時間もあったくらいだから、あのピンクの花に気づかないわけがないと思う。なぜ拾わなかったんだろう?犯人が取りに戻ると思ったのか?ん、待てよ。違和感があるなと思って見直してみたら……コロンボはアレックスが来た後、不自然にアレックスから離れて様子を見ている。コロンボの性格なら彼に聞きたいことは山ほどあるはずなのに聞かなかった。しかも、花を拾って襟に付けたアレックスに近づき、ピンが曲がってると指摘する。あらかじめ知っていたような鋭さだ。すぐさまアレックスのファンだと言い、アルバム買いましたとゴマをすっているのは疑っている相手によくやるコロンボの手口。以上のことから、コロンボは花に気づいていたが拾うと証拠品として弱いため、犯人に拾わせたかったという推測が生まれる。アレックスが花を拾った時点で彼を犯人と確信したので、家にやって来たり修理工場に先回りしていたわけか。
名場面・名台詞
コロンボは
美人で才能もあって裕福で
何も死ぬ理由の無い若い女性が
命を絶つとすれば
それは男が絡んでいると確信している。
コロンボ「なんで死ぬ必要がある?男。男だよ。ああとにかく誰かだ。その誰かを見つけなくっちゃ。こんな美人をさ、あたしの悪い癖だなぁ、ホトケさん見ると殺しだと思い込んで。自殺なんて考えられないんだよねえ。ことにこんな若い子はね。綺麗な目をしてて。人間はさあ、寿命まで生きるべきだよ」
コロンボが被害者の遺書が打たれた
タイプライターを持って来て
これを打ったのは被害者ではなく
別の人物の可能性が高いと
アレックスに説明する。
コロンボ「タイプしたのは本人じゃなく、別の人物だったら?」
アレックス「そうとすれば誰だね?」
コロンボ「犯人ですよ」
アレックス「ハハハッ。君は実際、変わった男だね。本当に確信ありげだ」
コロンボ「ああ、この件が他殺であるという可能性は極めて大きいと思ってます」
アレックス「可能性は認めるが極めて大きいはどうかね」
コロンボ「犯人が顔見知りだったらどうです?犯人が親しい人間で、しかも彼女の家に自由に出入りできる立場だったらどうです?留守の間に部屋に入って前もってタイプできますよ」
アレックス「……まあ、正しい回答が出たら、真っ先に教えてくれたまえ。僕はこれで失礼する。昼寝の時間だ」
アレックスが立ち去ろうとするところに声をかける。
コロンボ「もし先生だったら?」
アレックス「何か言ったようだが、あいにくよく聞こえなかった」
コロンボ「仮に先生だとしたら……先生だとは言ってやしませんよ、いやぁこれは独り言で」
アレックス「不愉快な癖だな」
コロンボ「もし差し支えなければ先生を例にとってあたしの推理を述べたいんですが……」
アレックスはコンサートの時に
襟に花は付けていなかったが
ジェニファーの家から出た時には
襟に花が付いていた。
終演後に楽屋で
付けたんだと主張するが……
アレックス「僕はあの時、コンサートが終わった後、楽屋で別の花を付けて出たんだ。ジャニスが毎日新しいのを届けてくれるからね」
コロンボ「なぜ終わってから付けたんです?」
アレックス「……」
コロンボ「なぜ演奏がすんだ後で付けたんです?」
アレックス「わからんね。ショックを受けて混乱してたんだ。いきなり死んだという知らせだったから……」
コロンボ「奥さん、奥さんのご記憶もそうですか?終わった後、付けられましたか?」
アレックス「……いいから話しなさい」
ジャニス「……いいえ。終わった後には付けなかったわ」
アレックス「ジャニス、2人っきりで話そう」
ジャニス「他のことなら、あなたのためにどんなこともしたけれど、でもこれ(殺人)だけは……」
アレックスがジャニスの耳元でささやく。
アレックス「僕は有罪だよ。だが今わかった。愛してたよ。僕は君を愛していた。証言の時それを思い出してくれ」
そしてコロンボに話しかける。
アレックス「警部、ちょっと話そうか」
コロンボ「はい」
アレックス「ああ負けたよ。しかし君は名刑事だった。最初から見抜いてたんだろう?じゃあ行こうか。……さよなら天才」
好事家のためのトリックノート
3-A、不在証明トリック、「移動手段・距離によるもの」
●地面を移動
【修理中の車】
殺人の前に車を修理に出しておき、後でこっそり修理工場に忍び込んで車に乗って殺人に行く。
8-A、発覚トリック、「物理的手掛かりの機智」
●犯人の失敗
【襟に付けた花】
演奏中いつもタキシードの襟にカーネーションの花を付けている犯人が、殺人現場に花を落としてしまう。後で現場にやって来て、落とした花を拾って付けるところを探偵に見られる。
【車の走行距離】
修理工場に預けていた車の走行距離メーターが、預ける前と引き取り時で9マイル増えていた。そして、修理工場から被害者宅まで往復の距離がちょうど9マイルで、犯人がこっそり乗ったことがバレる。
8-B、発覚トリック、「心理的手掛かりの機智」
●――
【被害者の飼っていたインコ】
ガス自殺しようとする人物が、長年飼っていたインコを誰かに預けたり放したりもせず、巻き沿いにして殺してしまうのは不自然なことから、他殺の可能性が高まる。