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Channel: 裏旋の超絶☆塩レビュー
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【ネタバレ注意】カーター・ディクスン『貴婦人として死す』の感想。

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創元推理文庫で
ディクスン・カーの名作が復刊。
(名義はカーター・ディクスン)

『貴婦人として死す』  
カーター・ディクスン(1943年)
貴婦人として死す (創元推理文庫)/東京創元社

¥886
Amazon.co.jp

相変わらず創元は
定期的にカー熱が高まるようで
足跡トリックの佳作と
言われるこの作品が
このたび復刊となりました。

俺はトリックよりも
伏線の張りめぐらし方が
凄いなと感心しましたが・・・


あらすじ

私はルーク・クロックスリー
リンクームという村の
医者であるが、
高齢で心臓が弱った私は
村の診察を息子のトム
引き継いでもらっている。

海岸沿いのリンクーム村の
四マイル離れた崖の上に
<清閑荘(モン・ルポ)>という
屋敷が建っていて、
そこにウェインライト夫妻が住んでいた。

妻のリタ・ウェインライト
38歳のたいへん美しい女性で
夫のアレック・ウェインライトは、
20歳以上も年上の60男。
以前は数学の教授だったらしい。
2人は8年前に結婚したが
なぜリタが彼を伴侶に選んだか
みんな不思議がっていた。

私は
ウェインライト夫妻の主治医を
長らく務めていたので
(今はトムに譲っているが)
とくに2人とは親しかった。

1939年9月。
世界で戦争が勃発。
3人でそのことを話していると
弁護士の娘の
モリー・グレインジの家から
モリーと連れ立って
出て来る美青年が眼に留まった。
バリー・サリヴァンという
25歳の青年だった。

アメリカ出身のサリヴァンと
カナダ出身のリタはすぐ意気投合し、
その後何度か
水泳やテニスに
遊びに行っていたようだ。
アレックも彼のことは気にいっていて
妻の外出をうるさく言わなかった。

それよりもアレックは
戦争の行方が気になるらしく、
朝8時、午後1時、6時、
そして夜と、ラジオから流れる
ニュースばかり聞いていた。

1940年5月22日。
相談に乗ってほしいと
私のもとにリタがやって来た。
どうやらサリヴァンのことを
本気で好きになり、
関係を持ってしまったと言う。
リタは夫アレックのことも好きで
このことをアレックが知ると
傷ついてしまうだろう。
どうしていいかわからないと悩む。

村でもリタと
サリヴァンの噂が立っていた。
知らないのは亭主ばかり。
息子のトムは
そのうちあの2人が
夫を殺すだろうと予想している。

6月29日。
アレックから
今夜サリヴァンが<清閑荘>に来るから
私もカードゲームをやりに
家に来ないかと誘われた。

他にも誘おうとしたが
モリーは誘えず、
知り合いの画家の
ポール・フェラーズのところに
ヘンリ・メリヴェール卿という
客人が泊まっていて、
この2人も呼ぼうとしたが、
リタが少人数がいいと言うので
アレック、リタ、
サリヴァンと私の
4人だけで集まることに。

その夜、
<清閑荘>に着いた私に
アレックが奇妙なことを言う。
先生、電話線を切ったのは
 誰なんだろう?


園丁のウィリー・ジョンソン
リタと喧嘩した逆恨みで
電話線を切ったんじゃないか?
と言うアレック。
そのリタとサリヴァンはどこに?

2人を探して裏庭に行った私は
サマーハウスで
キスをしているリタと
サリヴァンを見てしまった。
気まずい空気が流れる。
リタと一緒に母屋に戻る時
「死んだほうがましよ」と
つぶやくリタが気になった。

午後9時。
ラジオのニュースに
耳を傾けるアレック。
氷を取りに食堂へ入るリタを
追いかけるように
サリヴァンも食堂に消えた。
2人はそのまま戻らなかった。

午後9時18分にニュースが終わり、
「私が何も知らないと
 思っていたのかな?」と
アレックが話し出す。
リタの浮気にはアレックも
気づいていたのだ。
世間体もあり騒ぎ立てずに
放っておくつもりらしい。

その時、
食堂から風が
入ってくることに気づいた。
2人が消えてかなり時間が経つ。
食堂に行くと
裏口のドアが開いている。

この先の崖は
<恋人たちの身投げ岬>
(ラヴァーズ・リープ)と
呼ばれていて、
白い小石が並べてあり、
四フィート幅の小径が続いている。
私は懐中電灯を手に、
裏口を出ると
2筋の足跡が崖に向かって
歩いているのが見えた。

崖の下も覗いて見たが
真っ暗で何も見えない。
母屋に戻った私は
2人が海に飛び込んで
心中してしまったと
アレックに教えると
彼は心底驚いてうろたえた。
二階でリタの服があることを
確かめた彼は手に
どこかの鍵を握りしめていた。
やがてショックのせいで
アレックは気絶してしまう。


私は自宅まで
歩いて帰るはめになった。
と言うのも
なぜか車のガソリンが
抜き取られていたからだ。
おかげで11時半に
やっと帰宅して警察を呼んだ。
あれから2日経つが
まだ2人の消息は不明。

私がモリーと
事件の話をしていると
通りの向こうから突然
電動車椅子が
もの凄いスピードでやって来て
犬と格闘しながら
酒場に突っ込んだ。
後からフェラーズと警官が
駆けつけて来る。
この車椅子の男が
ヘンリ・メリヴェール卿
(以下「H・M」)らしい。
足の親指を骨折して
最新の電動車椅子を乗り回している。

クラフト警視がH・Mを探していた。
2人の遺体があがったことを告げる。
不審な点があるので
H・Mと話がしたいと言う。
H・Mは有名な探偵だった。
私も警察医として働いた経験から
その話を聞かせてもらう。

まず足跡は
男物と女物の2つ。
その足跡は
一人が崖まで歩いて
崖で靴を履き替え、
後ずさりして
2つの足跡をつけたような
トリックではなく、
間違いなく崖まで2人が歩いて、
そのまま引き返さなかったと
断言するクラフト警視。

さらに
2人の死因は溺死ではなく、
至近距離から
心臓を撃ち抜かれていたと言う。
三二口径の銃が凶器と判明。

そして
<清閑荘>からかなり離れた
道路の道端で
事件の夜1時頃に
そこを車で通りかかった
モリーの父親の
スティーヴ・グレインジ
三二口径ブローニングの
自動拳銃を拾っていた。
2人を殺した弾丸は
その銃から発射されたものだと
確認された。

この銃は逆発癖があり、
発射すると手に火薬の痕が残る。
しかし死亡した2人の手には
火薬の痕はない。
つまり何者かに殺されたのだ。

あの夜午後9時。
食堂に入った2人。
2人は崖まで歩いて
心中しようとしたところを
誰かに殺されたのか?

どうも警察は
私がやったのではないかと
疑っているようだ。
いくら私がリタのことを
特別に思っていたからといって
そんなことはしていない。

なぜ電話線を切断したり
車のガソリンを抜いたのか?

どうして現場から離れた場所に
凶器の銃が落ちていたのか?

食堂にあった書き置きのメモ。
「ジュリエットは貴婦人として
 世を去りました。
 責めないでください」

リタ・・・君は・・・
本当に自殺するつもりだったのか?


解説

崖に続く足跡を残して
男女2人が消えた。
不倫の末の心中か?
しかし発見された2人の遺体は
至近距離から射殺され、
その凶器の銃は
半マイルも離れた場所で発見された。
足跡を残さずに
被害者に近づいた犯人の謎を
H・M卿が解き明かす、
本格ミステリー。

ヘンリー・メリヴェール卿シリーズ
第14作。

この作品のテーマは
足跡の謎。
家の裏口から
崖までの道に2筋の足跡を残し、
男女2人が消える。
2日後に見つかった遺体は
至近距離で射殺された形跡があり、
しかもその凶器は
崖から遠く離れた道路にあった、
というものです。

事件の前触れのように、
何者かが電話線を切り、
車のガソリンを抜いて
作為的なものを感じさせる。

そこに不倫の渦中にある
美女と美男子が失踪し、
殺されて発見されるのだが、
一番動機のある夫アレックは、
鉄壁のアリバイがある。

こうなると
何やらリタに特別な感情を持つ
「医師が語り手」ということに、
ある趣向をイメージさせるのも
巧妙な構成だろう。
その人物のフィルタで
書きたくないことを
誤魔化すこともできる。

さてH・M卿といえば
毎回お馴染のファース(笑劇)。
今回は電動車椅子で大暴走します。

車椅子になった原因は
1891年にケンブリッジの
ラグビーチームでプレイした時、
汚い反則をされたのを
再現していて
足の親指を骨折したらしい。

ドタバタ劇の内容は・・・
①坂道をスーパーチャージャー付き
電動車椅子で猛スピードで走ると
物わかりのいい
リンクーム村の犬でも理解できず、
犬心を逆なでしたらしく、
次々と飛びかかってくる。
犬を蹴散らし、
華麗にドリフトを決めて
酒場にそのまま飛び込んで
大騒ぎになる。

②ポンポンポンという
電動車椅子の音を響かせ
元老院議員の服で走るH・M卿を
皇帝ネロだと本気で錯覚した
園丁のジョンソンは、
ウィスキーの瓶を投げて
自転車で逃走。
その瓶をかわしたはいいが
車椅子が暴走して崖に突進。
あやうく転落寸前で奇跡的に停まり、
物干しロープで
ぐるぐる巻きにされながら
救出されるH・M卿。
・・・という2本立て。

このドタバタ劇の中に
さりげなく伏線を
潜ませているのは
いつものカーのやり方なので
油断ができない。

時代背景は
1940年の第二次世界大戦の影響を
色濃く受けている。
戦争のラジオニュースが
アリバイに関係したり、
灯火管制で夜に明かりを
付けてはいけなかったり、
アメリカからワシントン号が
アメリカ人を迎えに来るのも
事件に繋がりがある。

語り手のクロックスリー医師は
観察力があるので
まとめた手記に何気ないヒントが
たくさん散らばっている。
そのため
H・M卿は事件のラストを
彼に推理させるのだが・・・
二段構えでH・M卿が
おいしいところを持っていく。

その真相は
やや悲しいものであったが
戦争が全てを洗い流して
しまったような印象を受ける。

文庫の巻末に
山口雅也氏の
「結カー問答」を掲載。

足跡トリックの変形に加え、
心理的に見えないトリックや
偶然を利用した合わせ技もある。
あまり取りあげられることはないが
カー中期の力作であろう。

欠点としては・・・

●1ページ目のあらすじに
「私が真相を教えてやるか」
とあるが、
この人物はそんな
横柄なキャラじゃないし、
H・M卿を馬鹿にもしていない。
悪い印象を与えている。

●銃が離れた場所にあった
伏線は上手いが、
さすがにそれは気づくでしょ。

●H・M卿のファースは面白いが
今回は悪ふざけが
すぎているように感じた。
ジョンソンが急いで自転車に乗る場面で
人と自転車が溶け合う?
人車一体とか犬心とか
ウケ狙いなのか?
滑ってますよ訳者さん。

●引用と注釈がやたら多い。
たとえが難しくて理解できない。

●犯人の動機が
ほとんど語られていない。
読者に推測できない。

●犯人もほぼ推理できない。

俺の感想は・・・

やっぱりカー作品は
読み応えがあるなぁ。
あれもこれも伏線じゃないかと
怪しくてなかなか読み進めなかった。

まぁね、
すごく怪しい動きをする奴がいて
俺もすっかりだまされましたが、
このフーダニットはさすが。
ぎりぎりフェアなオチです。
(手掛かりが少なすぎる気はするけど)

人物では
ベル・サリヴァンという娘が
個人的に好きだった。
どこか頭が弱くて
可愛くて巨乳らしい。
窓ぎわでストリップまがいの
露出ショーをして
そこで俺のハートを
グッとわし掴みにした。
ベルるんビームをくらいたいな。
(なんのこっちゃ)

ポール・フェラーズは
何か好かなかった。
あいつのパイプで円を描く癖や
車を叩く癖は何なの?


「結カー問答」は
なるほどと思ったが、
挙げている作品はマニアック。

『猫と鼠の殺人』(1942年)
『孔雀の羽根』(1937年)
『パンチとジュディ』(1936年)
『四つの兇器』(1937年)
『五つの箱の死』(1938年)
『殺人者と恐喝者』(1941年)

あっ(察し

フーダニットの名手
という見方は納得。
ハウダニットばかり注目されるけど
俺もカーの作る意外な犯人を
ほとんど当てたことがない。

この辺は
俺も以前にブログで
カーを取りあげたから
こちらを見て欲しい。

>【ブログネタ】好きな作家は?

いつもの怪奇趣味や
密室ものではないので
やっぱり物足りない感じはある。

しかし足跡トリックの謎や
伏線の妙技などを堪能すれば
名作にもひけをとらない。

★★★★★ 犯人の意外性
★★★★☆ 犯行トリック
★★★★☆ 物語の面白さ
★★★★★ 伏線の巧妙さ
★★★★☆ どんでん返し

笑える度 〇
ホラー度 -
エッチ度 △
泣ける度 -

総合評価(10点満点)
 8.5点











----------------------------









※ここからネタバレあります。
未読の方はお帰りください。 











-------------------------







※ネタバレを見てはいけないと
書いてあるのに
ここを見てしまう「未読のあなた」
あなたは
犯人に最初に殺されるタイプです。
十分に後悔してください。

ネタバレ解説

〇被害者 ---●犯人 ---動機【凶器】
リタ・ウェインライト---●トム・クロックスリー---憎悪【射殺:三二口径ブローニング】
バリー・サリヴァン---●トム・クロックスリー---憎悪【射殺:三二口径ブローニング】

結末
リタはサリヴァンと
心中したふりをして、
アメリカに駆け落ちするつもりだった。
パスポートの推薦状のため
元恋人のトムにも計画を伝えていたが
そのためにトリックで洞窟に
身を隠したところをトムに殺された。

2人を殺したトムは
凶器の銃を道に落としてしまい、
父親のルークが足跡のトリックを見破り、
一度は殺人の謎に迫るが
犯人を間違ったうえ、
結局証拠が見つからず
2人は心中したとの結論になる。

しかしこれは
ルークの息子が殺人犯だということに
同情したH・Mがもみ消したもので、
ルークの死後、
関係者にH・Mが真実を話す。
トムは戦争に行き、
立派に戦って散っていった---。

リタたちの計画まとめ。

2人は心中に見せかけて
死んだふりをしようとしていたが
そこを真犯人によって
殺害されてしまった。
いわゆる
被害者の計画を
犯人が利用したパターンだ。

リタたちの計画と
あの日起こった出来事をまとめた。

※あらかじめ
電話線を切断し
車のガソリンを抜いておいた。
<海賊の巣窟>に
水着入りのスーツケースを準備。
ダイヤとパスポートなどは
リタたちが所持している。

①【午後9時0分】
アレックが
ラジオのニュースに集中するので
リタとサリヴァンが
食堂に入って準備する。

②【午後9時5分~10分】
リタがサリヴァンの靴を持って
崖まで歩いて足跡をつける。
草むらで男靴に履き替えて
後ずさりしながら
自分の女靴の横に足跡をつけて戻る。
(サリヴァンは女靴をはけないので
 リタが足跡をつけた)

③【午後9時18分】
ニュース終了。
アレックとルーク医師が話をする。
開いた裏口から風が入り、
ルーク医師が外に出て来る。
その間、
リタたちは身を隠す。

④【午後9時30分】
2人が心中したと大騒ぎになり
アレックは倒れ、
ルーク医師が警察を呼びに
自宅へ歩いて帰る。

⑤【午後9時40分】
ルーク医師が出ていったのを見て
リタとサリヴァンは
荒れ地を歩いて<海賊の巣窟>へ。
そこでスーツケースの中の
水着に着替えて靴を履いて
屋敷に戻った。

⑥【午後11時30分】
ルーク医師が自宅から警察に通報。

⑦【午前0時】
十分に海面が高くなるのを待ち、
警察が来る前に
最初の足跡を
地ならしローラーで消し、
その後ろを歩いて
新しく足跡をつけ、
地ならしローラーを海に捨て
その後リタとサリヴァンは
海に飛び込む。

⑧【午前0時30分】
<海賊の巣窟>で水着から
服に着替える。
そこにトムが現われ、
リタとサリヴァンを射殺する。

⑨【午前1時】
トムは車に乗る時に
道端に銃を落としてしまう。

⑩【午前1時30分】
その道を車で通った
スティーヴ・グレインジが
銃を拾う。

・・・と、
このような流れであろう。
⑧から真犯人トムによって
計画が狂ってしまった。

足跡トリックについて

本作のメイントリックの足跡の謎。

崖まで続く2筋の足跡。
犯人がつけたものではなく、
被害者のリタとサリヴァンが
実際に歩いてつけたもの。

そのトリックは、
足跡を一度消して
もう一度つける
という
二重構造なのが面白い。
一度目の足跡は
ミステリ初心者でもわかるような
靴を履き替えて
2人分の足跡をつけるトリック。
ただしこれでは誤魔化せない。

しかしその足跡は
ルーク医師にだけ
見せておけばよかった。
後でもう一度、
絶対に誤魔化せない足跡を
つけるからだ。

2つの足跡には違いがある。
最初の足跡Aは
一方はしっかりした足取りで
もう一方はフラフラ着いて行くような
足取りだった。(P.53)
 

そして、
2度目の足跡Bはつま先に体重がかかった
誤魔化しようのない足跡。(P.75)
 

 →この描写の違いに気づけば
 トリックがわかったかも?

そして重要なアイテム。
地ならしローラー
ジョンソンが探していたやつ。

“「ジョンソンは酔いが醒めて後悔しきりだよ。今なら誰のどんな行いも許すと言っている」スティーヴは鼻で笑った。どうやらジョンソン自身は何も許されないらしい。「ウェインライト教授に盗まれた庭園用の地ならしローラーの件でも教授を許すそうだ。明日の朝、治安判事の許に出頭して十シリングの科料を払うらしい。私がしてやれることは何もないよ」”(P.235)

 →ジョンソンが何か返してくれと
 言っていたが
 何かまでは書いてなかった。
 それが終盤のこの場面で
 やっと判明する。
 さらっと書かれているが 
 ここを見逃してはいけない。
 
 ウェインライト教授に盗まれた
 ジョンソンが思っているため
 疑惑をアレックに向ける
 カーのミスリードが厄介だ。


わざわざ2回も足跡をつけて
めんどくさいことをするのは
一度目(午後9時)では
海に飛び込めない理由があったから。

それは海面の高さ。

<恋人たちの身投げ岬>は
崖から海面まで70フィートある。(P.8)
しかし満潮時には
30フィートまで海面が上昇する。(P.124)

満潮になる時間帯は
午後3時~4時(P.53)と
午前0時~1時頃。(P.253)

“「あのね、ベル」モリーは大声で言った。「その洞窟が崖の中ほどにあるの。ボートで行けるのは満潮になる午後四時か真夜中の一時だけよ。どっちみちそんなところへ行っちゃ駄目。世間の人があれこれ言うわ」”(P.221)



リタたちは満潮を待って
海に飛び込んだ。
しかしそんなことが可能なのか?

事件のあとの7月、
ルーク医師が<清閑荘>に行った時、
H・M卿の電動車椅子が
崖ぎりぎりで停まるという
おなじみのドタバタ劇
があるが、
ここに超重要な伏線が張ってある。
“「さてヘンリ卿」とクラフト。「車軸のあたりまで地面に埋まっています。引き戻すのは無理ですね。車椅子を引っ張り上げるしかありません。でも、そうすると弾みを食らってあなたは崖の向こうへ放り出されるかもしれませんな」クラフトは考え込む。「そろりと後ろを向いて、自力で降りられませんか?」
「そろりと後ろを向くじゃと?そりゃまたありがたい忠告で涙が出る。わしを何だと思っておる?蛇のようにのたくれと?雁首並べてくだらんおしゃべりをしとらんで、気の利いた方法を考えんか」
「思うに」クラフトは慰めるように言う。「あなたが落ちたら事態はもっと面倒になりますね。満潮が近いので、水の中に落ちるだけですから
H・Mの首の後ろが紫色に変わる。”(P.177)

 →おわかりだろうか?
 満潮時は海に落ちても
 死なないから大丈夫だと
 クラフトが言っていることを。
 それだけ海面が高いのである。

 この時の時間は
 午後2時半~3時と推測できる。
 (午後2時すぎに来たから)
 つまりこのドタバタ劇は
 このクラフトの台詞を
 言わせるためだけに入っている。

そして
リタとサリヴァンは
水泳を得意としている。
 

“彼のことは、ロンドンに住み休暇でリンクームに来ている前途有望な俳優だと紹介された。彼はリタと泳ぎに出かけ---二人とも水泳は得意だった---テニスをし、写真を撮り合った。”(P.13) 

 →かなり冒頭で
 ちゃんと語られている。

ちなみに飛び降りた時間を
誤認させるのは
確実に死亡したと
思わせる必要があるため。

午後9時を
最初の足跡を見せる時間にしたのは
アレックがニュースで居間から動けず
準備がしやすかったからだろう。


リタたちは
アメリカに逃亡する計画だった。
そのためには大金が必要。
どこから工面したか?
目の前に手掛かりがあった。

アレックがリタをダイヤで
着飾るのが好きで(P.9)
肖像画にもダイヤをつけて描かせた。
 

“イブニングガウンをまとう画中のリタは、ダイヤのネックレスとダイヤのブレスレットを着けている。ダイヤの装飾品をリタは悪趣味だと言っていたが、わざわざ注文して描かせたアレックは大いに気に入っていた。”(P.43)

 →あまり裕福な家ではないのだが、
 それだけ妻を愛していたアレック。
 リタもそのことを知っているから
 傷つけたくないと思い、
 自分を諦めさせるために
 心中に見せかけた。

意外すぎる真犯人トム。  

事件の真犯人は
トム・クロックスリー。 
語り手のルーク医師の息子だった。

これはさすがに当てられない。
語り手が父親で
息子のことをあまり
語りたくないというフィルタが
かかっているので
描写が少ないのもあるが
台詞も少なすぎるし、
完全な脇役だと思わされた。

トムの動機は
リタへの憎悪から。
彼はリタの元恋人である。
といっても
トムとリタの関係は
語り手のルーク医師自身が
知らなかったことなので
当然語られてないが
第三者からそれらしき話はある。

おそらくアレックは知っていた。
ルーク医師に
妻が前にも浮気をした話に
逆に驚いている。
 

“「じゃあ、放っておくのか?」
アレックは目を閉じた。
「うん」彼は考えこむように言った。「何もしない。それでいいじゃないか。私はそんなことからは卒業している。リタのことは好きだが、そんな風に好きなのではない。大騒ぎは性に合わんし。リタがこんなことをするのも初めてではないんだ、ご存じだと思うが
「ご存じも何も、彼女はわしんとこの診察室でこれが初めてだと---」
「ほう」アレックは目を開けた。「そんな触れ込みだったか、ははは。なぜ本当のことを話さなかったのか私にはわかる」”(P.50)

 →「ご存じだと思うが」は
 ルークに対する当てつけ。
 お前の息子が
 私の妻と浮気したことがある。
 もちろん知っているだろう?
 とカマをかけていたのだ。

この会話から
前の浮気相手は
トムだとわかる・・・はず?

そんなことを言われても
トムは女性に
全く興味がない堅物
だと
ルークフィルターで思わされている。

ムッツリスケベではないが、
こういうやつこそ、
女好きだというのは、
けっこう当たっている。

モリー・グレインジという娘がいて
こちらが逆に
男嫌いな女として通っていて
トムと対比させてある。
 

“「あの娘は気に入った。だがな、つんけんしながら、『殿方に興味はありません』と言う若い娘は信用せんことにしておる。たいてい興味は大ありで、それをどっかに隠しておるだけじゃ。ちょうど---
H・Mはしばらく目を閉じていた。唇がへの字に結ばれる。再び腕を組んでシートにもたれると、今度は前方を見据えた。次に口を開いた時には、やや穏やかな声音になっていた。”(P.124)

 →「ちょうど---」というのは、
 誰のことを思い浮かべたのか?
 もちろんトムのことだ。
 H・M卿はさすがにするどい。

トムのポケットの穴。  

リタたちを殺した銃が
どうして遠く離れた道端に
落ちていたのか?

2人を殺したトムは
銃を捨てたわけではなかった。
せっかく<清閑荘>で心中したと
思わせているのに
謎を増やす必要はない。

トムのポケットに穴が空いていて
銃が落下してしまったのが原因。
その伏線が
さりげない会話の中にある。

トムがベルを説教している場面。 
“「君、お願いだ、アメリカ英語を話さなくちゃ気が済まないというのなら、ちゃんとしたアメリカ英語にしてくれ。映画で聞きかじったのをべらべらしゃべるのはやめてな。それは別物だよ」
「アカンベー!」
「なら倍にしてお返しだ!」不作法な息子は叫んだ。トムの病人の扱い方は、手際の良さというよりも、力任せで通っていた。
「あたしの髪はどうかしら」
「ひどいもんだね」
「もう、あっちへ行ってよ・・・あら、上着のポケットの裏地が破れてる。あなたみたいにだらしない人見たことないわ。貸してごらんなさい、直してあげる」”(P.159)

 →さりげない・・・
 さりげない伏線だ。

この伏線の出し方は上手い。
しかしこのポケットの穴は
この作品の弱点でもある。

こんな穴が空いているのに
どうやって銃を持ち歩いているの?
銃が落ちて
どうしようもないでしょ。

それに銃が落ちたら
重さでわかります。
実際に銃を持ったことはないけど、
けっこう重いよね?
三二口径だし。

落ちたとして、
暗くて探せなかったわけでもない。
音だってするはずだ。
なぜ気づかなかったのか?

ここだけ
どうしても納得いかないです。


レッド・ヘリングのフェラーズ。  

ルーク医師は犯人を
ポール・フェラーズだと指摘した。
しかしそれは間違いだった。

俺も完全にルークの推理に
納得していたから
違うとわかった時、
「え!?」って感じでした。

いやいや!
怪しすぎるだろ、こいつ!
というか
何で犯人じゃないん?(逆ギレ

洞窟があやしいってなった時に
フェラーズが洞窟巡りを楽しんでいる
という伏線があったり(P.202)
 

ベルを閉じ込めた男が
車(パッカード)を殴っていたが(P.142)
同じようにフェラーズが
車(フォード)の横を叩く場面がある。

“「まさか!」彼はそう呟くと口から落ちたパイプを危なっかしい手つきで受け止め、空いているほうの掌で車の横をバンと叩いた。「ベル・レンフルーじゃないか!」”(P.155)

 →この推理の場面で
 もうこいつが犯人だと思ったよ。
 このクセを使った伏線は
 クリスティーを思わせるし、
 俺好みの伏線だったから特に。

 そういえば
 フェラーズはH・M卿の
 ズボンを投げつけ(P.175)
 サスペンダーで地面を叩いたり、
 何か興奮すると
 物に八つ当たりする。
 これは間違いない、と
 確信したのに・・・

スティーヴもそうだが、
フェラーズは
ただのレッド・ヘリングでした。


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