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【ネタバレ注意】飛鳥部勝則『ラミア虐殺』の感想。

久し振りに飛鳥部作品へ。

「雪の山荘」フェアを開催中でして
この作品も雪に閉ざされた
クローズドサークルが舞台。

『ラミア虐殺』  
飛鳥部勝則(2003年)

ラミア虐殺 (カッパ・ノベルス)/光文社
Image may be NSFW.
Clik here to view.

¥885
Amazon.co.jp

『堕天使拷問刑』で
飛鳥部ファンになって
『殉教カテリナ車輪』を読み、
『ラミア虐殺』で3作品目になります。

これまた破天荒な作品で
なんとも評価しにくいなぁ・・・

あらすじ

12月25日。
クリスマスの朝、
私立探偵の杉崎廉(すぎさきれん)が、
事務所に出社すると
窓の下に女の子が
座り込んでいるのを発見した。
「中に入れてください、探偵さん」

その女性は
身長が低く、
一見子供のように思えたが
実際は30歳くらいの女性で、
北条美夜(ほうじょうみや)と名乗った。

「北条」という名に
聞き覚えのある杉崎は
少し不安を覚える。
美夜は何の用事で来たのか
はっきり言わず、
「匿ってください」
「雇ってください」
と言って引きさがらない。
どうやら家出して来た様子だ。

美夜と外で食事に出かけると、
何者かが尾行していることに気づく。
美夜を先に行かせて
尾行者をひっ捕まえると、
同業の探偵で
北条秋夫に頼まれて
美夜を見張っていたのだと言う。

北条秋夫・・・
杉崎にとって
それは聞きたくない名前だった。

尾行者を追い返した後、
杉崎は背後に
凍てつくような
殺気を感じて振りかえる。
そこには2人の男が立っていて、
黒いスーツで長身のサングラス男と
白い服で目付きが尋常でない青年がいた。
2人は何もしないで立ち去って行く。
何だあいつらは・・・

美夜に尾行されていることを話す。
おわびにデートしませんか
と言ってくるので
2人はロシア文化村へ。
その夜、杉崎は流されるまま
美夜を家に入れる。
今日会ったばかりの女と
何してるんだという気持ちと、
日常生活に
飢えていた気持ちが葛藤する。

美夜は酔って
自分のことを話し始めた。
父の秋夫は「北条製薬」の元社長で
美夜は社長令嬢だった。
北条製薬には
ひどいめに合わされた杉崎。
その北条製薬のせいで
左手に革手袋をはめなければ
いけなくなったのだから。

北条製薬は米軍基地の近くで
米軍の依頼で新薬を開発していた。
極地戦で兵士の耐久力を
強化する薬・・・。
しかし新薬の開発は失敗し、
北条製薬は潰れてしまった。

米軍の傭兵として
戦場を駆けた杉崎は
北条の新薬によって
転職することになり
探偵を始めることになる。

美夜によると
今日出会った2人組は
秋夫の協力者で政治家・中村清志
ボディガードらしい。
長身の方が池上正人(いけがみまさと)
細身の青年が沢口京(さわぐちきょう)という。

この年末は、
秋夫の所有する山奥の山荘に
家族と中村たちが集まる予定だ。
そこから美夜は
逃げて来たのだが、
やっぱり家に戻って
決着をつけると決意する。
そこで杉崎に
ボディガードとして
同行してくれと依頼してきた。

翌日、
迎えの雪上車がやって来た。
中から見覚えのある
サングラスの男が出て来る。
杉崎も連れていくと言い張る美夜と
それはできないと断ろうとする池上。
すると運転席の沢口が口を出し、
池上を黙らせて
杉崎も同乗することになった。
沢口の方が立場が上のようだ。

沢口は、
杉崎とは以前一緒に
仕事をしたことがあると言うが
杉崎には覚えが無い。
傭兵時代は誰とも
関わろうとしなかったため、
記憶が薄いのかもしれない、と
杉崎は深く考えなかった。

人の住んでいないくらい山奥に
雪上車は進んでいく。
この車が無いと
おそらく帰って来れない。
スキーで滑れば可能だろうが
上級者でなければ無理だ。

3時間かけて山を登り、
やっと北条の屋敷に到着。
しかし家に入る直前、
二階の窓に
人が首を吊っている姿を発見。
「まこと君の部屋ですね」
一同がその部屋に行くと
ドアに鍵がかかっていた。
池上の体当たりでドアをぶち破る。
中で月岡まことが首を吊っていた。

まことは美夜の従兄弟。
受験ノイローゼで4年も浪人し
ストレスを溜めこんでいたらしい。
窓もドアもカンヌキがかけてあり
どう見ても自殺。
しかし「ツキオカ」と書かれた
奇妙なカードが置いてあるのを
池上が発見する。
ツキオカ・・・
自分の名前を書いたのだろうか?

騒ぎを聞きつけて
中村清志がやって来た。
その息子・中村宏(なかむらひろし)
まことの兄の
月岡麻二(つきおかあさじ)も入って来る。
宏は金髪ロンゲの若者で
麻二は五分刈りの男。
弟の死体に触るなと
麻二と宏が喧嘩になる。
それを止める北条秋夫が登場。
この男が秋夫・・・。
杉崎は秋夫と面識は無いが
この男のせいで杉崎は苦しんだ。
まさかここで本人に会おうとは。

麻二の妻の月岡サオリは、
麻二とまことの兄弟をゴミと罵り
宏に肩入れする。
サオリの後ろに白髪の老紳士がいて
屋敷の管理人の浅野典文だった。

美夜が警察を呼ぼうと言うが
麻二は迷惑だと断る。
自殺なので警察が来ても
騒がしくなるだけ。
携帯はもともと圏外で
外は吹雪が強まっている。
いずれにしても警察は呼べない。
死体は一時、
雪の中に埋めて
各自の部屋に解散となった。

杉崎は美夜と食事を摂る。
美夜に「結婚してください」と言われ
その理由を聞くと
中村一郎という清志の息子と
結婚させられそうだと話す。
一郎はデブの低脳な男で
一日中部屋に閉じこもっている。


今この屋敷にいるのは11名。
やがて起こる連続殺人。
外部との通信手段が断たれた
吹雪の山荘で
一人また一人と消えていく。

この中に殺人鬼がいるのか?
「ツキオカ」のカードの意味は?
動機は遺産か復讐か?
杉崎の左手の秘密は?

世の中を騒がす怪物(UMA)の存在。
もし外部の犯行だとしたら、
それは未知の怪物の仕業かもしれない・・・


解説

私立探偵・杉崎は、
家出してきた美夜に
ボディガードを依頼され、
実家がある新潟の山奥に同行する。
到着早々、
美夜の従兄弟が自殺し、
屋敷に集まった人々が
謎のメッセージカードを残す犯人に
次々と殺されていく。
吹雪の山荘を舞台にした
異形の怪奇ミステリー。

飛鳥部勝則の長編第8作。

自身の描いた絵を
作品に取り入れた作風から一変して
怪奇SF色を強く打ち出したのが
この『ラミア虐殺』である。

冒頭から怪物の存在が示唆され、
作中に幾度となく
「蛇女」「巨大蜘蛛」などの
ホラー話が盛り込まれている。

主人公の探偵・杉崎は、
最初から謎めいた過去を持っており
とくに左手に常に革手袋を嵌め、
それを外すと
人間など簡単に殺してしまうという
中二病全開な設定が良い。

性格もクールで
ヒロインの美夜が
何度も誘惑めいた言葉をかけるが
素気なく返すのも好印象。

物語は雪に閉ざされた山荘で
クローズドサークルものの
本格ミステリーで始まったのに、
終盤で特撮バトルアクションものに
超展開して唖然とする。
意外な真犯人も用意されているが
もうそんなのどうでもよくなる。

ここまで無茶苦茶にしておきながら、
それでも最後は上手くまとめてある。
幕の引き方はなかなか良かった。

好き嫌いのはっきり分かれる怪作です。

欠点としては・・・

●「ツキオカ」の文字に深い意味がない。
暗号的なものを期待していたのに・・・

●麻二の名前が
朝二になっているところがある。(P.252)

●どいつもこいつも
ムカつく奴ばかり。
とくに宏とサオリは早く死んでくれと
イライラしながら読んだ。

●殺人の動機がひどすぎる。

●杉崎が元傭兵というわりに
油断しすぎたり役に立っていない。

●ミステリーから逸脱してしまうラスト。
傑作『堕天使拷問刑』は
あれだけ本格ミステリーから逸脱しても
本格ミステリーに戻ったのに対し、
『ラミア虐殺』は戻ってこれなかったため。

●帯に「背徳の本格」とあるが
本格ミステリーと思って読むと
期待を裏切られる。

俺の感想は・・・

途中から
予想外の方向に突っ走って行って
これでいいのかと心配になった。
ミステリーというより、
「バイオハザード」系の
サバイバルホラーと思ったほうがいい。
エンタメ小説としてなら
高く評価します。

主人公の杉崎はかっこよかった。
俺は好きだなぁ。
声は井上和彦さんで再生してた。
ハリウッド系の二枚目にぴったし。

沢口は石田彰かな。
エヴァのカヲル君のイメージ。

美夜は矢島晶子。って古いな。

個人的には、
あの〇〇要素を
犯行トリックに絡めて欲しかった。
ラストのバトルシーンだけのために
〇〇があるのはもったいない。

バトルの描写は迫力があった。
しかし文章だと
いまいちよくわからない部分もあるので
どんな感じなのか実写で見たい気もする。

さりげなく叙述トリックもあるが
これはバレバレだったね。
バレても物語に
何も影響しないのが笑える。

★★★★☆ 犯人の意外性
★★☆☆☆ 犯行トリック
★★★★☆ 物語の面白さ
★★★★☆ 伏線の巧妙さ
★★★☆☆ どんでん返し

笑える度 -
ホラー度 △
エッチ度 △
泣ける度 -

総合評価
 7.5点








----------------------------












※ここからネタバレあります。
未読の方はお帰りください。
 












-------------------------------





※ネタバレを見てはいけないと
書いてあるのに
ここを見てしまう「未読のあなた」
あなたは
犯人に最初に殺されるタイプです。
十分に後悔してください。

ネタバレ解説

〇被害者 ---●犯人 ---動機【凶器】
月岡まこと ---●月岡まこと ---自殺【絞殺:ロープ】
中村清志 ---●北条美夜 ---衝動【刺殺:ナイフ】
月岡麻二 ---●北条美夜 ---防衛【刺殺:包丁】
北条秋夫 ---●北条美夜 ---口封じ【撲殺:花瓶】
中村一郎 ---●北条美夜 ---憎悪【刺殺:ナイフ】
浅野典文 ---●中村宏 ---防衛【殴殺:肘】
池上正人 ---●杉崎廉 ---防衛【斬殺:手刀】
中村宏 ---●杉崎廉 ---防衛【斬殺:手刀】
月岡サオリ ---●北条美夜 ---憎悪【射殺:ライフル】
北条美夜 ---●沢口京 ---利他主義【斬殺:牙】

結末
姿を消した男・池上。
彼が真犯人に便乗して
カードを置いたのは
薫の復讐のためだった。
そして
屋敷に集まった中に怪物がいた。
池上は北条の新薬でカエルの遺伝子を覚醒、
杉崎はカブトムシの姿になり
池上を倒す。

そこにラミアのサオリと
グリフォンの宏が杉崎に襲いかかるが
辛うじて杉崎が勝利。
と思いきや
美夜が杉崎に銃を向ける。
彼女が真犯人だった。
嫌いな者たちを全て皆殺しにしたのだ。

そして杉崎も美夜の銃弾に倒れる。
しかし次の瞬間、
狼となった沢口によって美夜は死亡。
借りを返した、として
沢口は重体の杉崎を
ふもとの医者に預けるのだった。

モンスターの存在。  

この作品の特徴は
怪物が実際に登場することだろう。

杉崎 「カブトムシ(兜虫)」
池上 「カエル(蛙)」
沢口 「ウェアウルフ(人狼)」
宏 「グリフォン(怪鳥)」
サオリ 「ラミア(蛇女)」

この中で
杉崎と池上と宏は
北条の新薬で怪物化した
人工物のモンスター。
沢口、サオリは生まれた時からの
天然物のモンスター。

そのための伏線が
序章からUMAのニュースを取り上げ
怪物が実在すると書いてあり、(P.9)
 

杉崎が左手を使うと
簡単に首を切り落とせると言い(P.24)
 

池上の手が一瞬緑色に変わったり(P.41) 
沢口の八重歯が牙に見えたり(P>42) 
サオリが「人間なんて殺せる」と言い
腕に入れ墨が浮かぶ(P.77)
年齢が上とか死んだことが無いとか(P.78)
 

沢口が僕は年をとらないんですよ(P.124)と言い
浅野が怪物について語ったり(P.132) 
法条の新薬が怪物化するもので
杉崎の左手がその現実だと言い(P.155)
 

サオリが一郎に本物の蛇女だと言ったり(P.187) 
・・・数えればきりがないほど
たくさん怪物のことをほのめかしているが
それでも読者は
そんなことがあるわけないじゃんと
冗談か夢オチだと受け止めていたはず。

ところが終盤で
本当に主人公が怪物になり
いや本当だったんかい!
激しくツッコミを入れたことだろう。

これには賛否両論。
全員が北条の新薬で怪物化したなら
まだ許せるが、
(許せない人もいそう)
本物の蛇女と人狼も出て来ると
度が過ぎていると言われても仕方ない。

それともうひとつ。
俺が惜しいと思うのは、
せっかく怪物を出したのに
それを犯行トリックに
絡めてくれなかったことだ。

例えば「蛇女」なら
人間の入れない狭い穴から体を入れて
中の人間を締め殺したり、
「怪鳥」なら
人間の登れない高いところに
死体を隠したり、
「人狼」なら
人間の走る速度ではできない速度で
アリバイを成立させたり・・・

そういった面白そうな
怪物絡みのトリックが
一つでもあれば俺は評価を上げたのに。

何のために怪物を出したんだ?
最後のストロンガーの
バトルシーンを
やりたかっただけだとしたら
少し残念です。


浅野典文の謎

屋敷の管理人、
老執事の浅野典文には
双子の弟がいた。
浅野康文

兄・典文は紳士的で
弟・康文はやっかい者。

物語の終盤、
浅野は宏に殴り殺される。
しかし浅野が死んだことを
知らない杉崎は
ライフルで撃たれた時に
浅野に撃たれたと思いこんだ。
これは真犯人である美夜の出現を
遅らせる上手いやり方。

実は浅野は
裏の目的を持っていたと
沢口が浅野の死体を
見ながら回想する。
北条の財産目当ての典文は
弟の康文を屋敷に呼び、
自分の身代わりに死体となった。

その二人一役トリックで
浅野典文が犯人だと思わせる。
しかしすぐさま
弟は癌で昨年死んだと聞かされ、
トリックが使えなかったことがわかり
読者は「え!?」と混乱。
そして美夜の登場。
浅野兄弟をオトリにしたミスリードだ。

しかし、
ここで少し疑問がある。

写真の浅野は弟の康文だと
沢口が言っている。
その写真の場面。

“カメレオンの写真の隣に、男の写真が貼ってあった。
ぼさぼさの髪の下に、垂れ目がある。細い鼻をしていた。白いシャツを着た男は、庭にしゃがみ込んで作業している。木製の椅子に黄色のペンキを塗っているのだ。ハケを持つ左手の袖が黄色く汚れていた。男はいびつな笑いを浮かべて、カメラのレンズを睨んでいる。”(P.140)

 →浅野は九一で分けていて
 ぼさぼさの髪ではない。
 ハケを持っているのが左手だから
 この男は左利きだ。

 のちに沢口が“兄は右利きで、弟が左利き”(P.265)
 と言っているので
 写真の男は弟の康文だろう。

ところが二十章の宏の視点で
おかしな記述がある。
宏が浅野に銃をどこに隠したか
吐かせる場面。
浅野の体型の違い。
“妙だな---と宏は思う。
浅野の体が一回り小さく見える。どこか、いつもと違うような気がした。”(P.238)


左手でドアを開ける。 
“老人は左手でドアのノブを握り、部屋の外へ出ていく。宏とサオリも続いた。
宏は再び、違和感に囚われた。その理由を少し考えたが、わからなかった。
どうでもいい。”(P.238)

 →宏の違和感は何か?
 この浅野がいつもの浅野と
 違う気がしたからじゃないか?
 この男は弟の康文なのか?

康文が死んだというのは
沢口の台詞しかソースがない。
彼が勘違いしていたら
康文が生きていたこともありうる。

逆に康文が典文を殺して
入れ替わっていたのか?

だが杉崎が会った十章の浅野は
弟のことを回想したり、
日記をきっちりと付けたり(P.130)
この浅野は典文としか思えない
真面目な人間だった。

浅野康文は生きていると
読者に思わせたかったのか?
伏線に見せかけたミスリードか?
作者が書き間違えただけか?

いやそれは違う。
いったいどうなっているのか
わからなくなってきた。

そういえば
浅野はカメレオンを
ペットとして飼っていた。

カメレオン?
浅野とカメレオン。

もしかして・・・
浅野はカメレオンの能力
身につけていた?
浅野も新薬によって生まれた
人工物のモンスターだというのか?

カメレオンは皮膚の色を
環境に合わせて変化させる。
浅野典文は
浅野康文に変化した
これなら沢口が言った
弟の死亡と
宏の違和感のどちらも説明がつく。

いやはや・・・
断言はできないが
これが正解のような気がする。
だいたいカメレオンが
ペットとして出てくること自体が
おかしいですからね。

おまけの叙述トリック

一応、叙述トリックがあって、
池上の愛した人「薫」は
男だった、というもの。

これはすぐわかりますよ。
中性的な名前だし
「きょうだい」としか書いてないし(P.94)、 
男か女かわからない書き方です。

驚くのが
この叙述トリックが本編と
全く関係ないこと。
佐藤薫が男でも女でも
どっちでもよかったというのが
面白い使い方だった。

2人の犯人

この作品の上手いところに、
犯人が2人いて、
実行犯=美夜
偽装犯=池上の関係が
読者に対して目くらましになっている。

美夜は衝動と憎悪で人を殺していくが
誰がカードを置いているのか知らない。
そのためカードを見た時に
リアルに驚いている。
そのカードの意味が
わかっていない
のもポイント。
“男は大の字になり、天を仰いでいる。頭の横に白いカードが置かれていた。「ツキオカ」の文字が読める。彼女には、その意図がどうしてもわからなかった。なんでいつも、いつも、こんなものを置いていくのか。”(P.228)

殺人犯がカードを置いている
と思っているから
カードの意味がわからない=美夜は犯人ではないと
ミスリードに嵌まってしまうのだ。

カード自体にたいした意味はなかったが
真犯人を驚かせるためだけの小道具として
予告状めいたカードを利用したのは秀逸。

「事実、杉崎と美夜は
月岡まこと殺しの犯人ではなかった」
という地の文によるミスリード。(P.68)

あくまでも「まこと殺し」の
犯人ではないという強調だが、
カードが連続殺人に見えるため、
この後の殺人容疑をかけにくくなる。

折ってあったスキーを見ても
小柄なチビ女の美夜にはできないため
嫌疑から外れる。

自分の犯した犯行を客観的に見ている。
“中村清志の死体が頭をよぎった。
血にまみれていた。傷だらけだ。あんなに切り刻む必要はなかった。心臓を突くだけで充分だっただろう。異常者かな---と美夜は思う。”(P.157)

自分で自分を
「異常者かな」とは自覚があるようだ。
さりげなく
「あんなに切り刻む必要はなかった」と
同情するふりして本音を言っている。
 

ここは伏線になっている。

次は伏線を解説。
美夜の性格が問題になっている。

衝動で動く癖がある。 
“思いつきで生きている。
思いついたら止まることはない。父によると「お前には間脳しかない。条件反射で生きている」ということになる。余計なお世話だった。”(P.158)

 →清志殺しは言い合いになって殺し、
 秋夫もカッとなって殺した。
 だめだこいつ。

保母をやっていたが
子供がうるさいから嫌い。
 

 →5年続けた理由が錯覚してたとか。
 続けすぎだし
 理由がズレすぎている。

この屋敷のほぼすべての人が嫌い。(P.156)
 →名前をあげて
 嫌いな理由を述べている。
 殺す動機は充分にある。

決定的なのが
サオリに呼び出されて
乾燥室に行く時、
美夜の靴が濡れていたこと。
 

“嵐が吹き荒れているのだろう、強風が窓を揺らしている。どこからか透き間風が入って来た。猫のように足音を忍ばせ、廊下を進んでいく。何故辺りが気になるのだろう。階段を下り、玄関へと向かった。玄関脇の乾燥室へ行くには、一旦外へ出なければならない。シューズボックスを開き、外履きに履き替えた。濡れた靴がコンクリートの床に丸い染みを作る。ドアを開けると、雪と風が猛烈な勢いで吹き込んできた。”(P.227)

 →美夜の靴が濡れているのは
 一度外に出たことを示唆している。
 しかし美夜は
 一日中部屋に閉じこもっていたと
 自分では言っている。
 それは嘘であった。
 この「濡れた靴の伏線」は一番良い。

 この事実に
 いち早く気づいたのはサオリ。
 彼女はその日の朝、
 麻二の死体を埋めに玄関に同行して
 全員の靴が乾いていることを
 読者にも教えている。
“サオリが、宏の肩越しにシューズボックスの中を見回し、つぶやく。
全員の靴があるわよ。しかも全部乾いている。この数時間は外に出た者すらいない。むろん逃げ出した奴もいない。池上も含めてね」”(P.177)


一方で
美夜が真犯人と知っていながら
カードを置いて
事件を混乱させた池上。

まことの自殺した時、
池上しかカードを置くことが
できなかったのが
杉崎に見破られた原因。
 

“机の上には、本が山と積んである。緑の背表紙に赤い文字が目を引いた。『必勝受験の古文』。国語の他にも数学や英語、理科、社会のあらゆる参考書が雑然と置いてある。死んだ男は受験生だったのかもしれない。”(P.47)

 →部屋に入った時、
 参考書のタイトルを見た杉崎。
 しかし・・・
“池上が机の方を指し示す。
杉崎も指先を目で追った。『必勝』という赤い文字の前に、ハガキ大の白いカードが置いてある。池上はそれを取りあげ、トランプ投げのように放った。”(P.49)

 →まことの死体に気をとられている間に
 『必勝受験の古文』の前に
 カードが置かれて
 文字が読めなくなっている。
 これを置けた人物は
 杉崎の後ろに居た池上ただ一人。

それに気付いた杉崎は
「あのカードは確かにおかしい」
別の角度から見ておかしなことがあると
ちゃんと指摘している。(P.65)


池上は
月岡温泉で薫を追い詰めた一家を
いつか殺してやろうと
思っていたらしいが
まず宏を殺すべきだし、
1年も待つのは時間かけすぎだし、
「ツキオカ」のカードを
いつも持っていたのは腑に落ちないけど、
こいつのおかげで
完全に美夜から疑いが外れたのは
優秀な働きぶりだった。

ヴィーナスの銅像にスキーを履かせて
崖に向かってシュプールを描く
自殺偽装トリックは
この作品の唯一の
犯行トリックとも言える。

美夜の殺人にトリックはないが、
犯行動機がひどい。
ことの発端が
警察を呼ぼうと言ったのに
みんなに無視されたから
好きなように暴れてやる

逆ギレしたらしい。子供か。

人間でありながら
化物だったという見方も納得です。

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