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【ネタバレ注意】飛鳥部勝則『黒と愛』の感想。

『ラミア虐殺』からの
この作品。

『黒と愛』  
飛鳥部勝則(2010年)
黒と愛 (ハヤカワ・ミステリワールド)/早川書房
Image may be NSFW.
Clik here to view.

¥2,160
Amazon.co.jp

表紙の絵が凄く怖い・・・。
なんかダークな雰囲気です。

中身も飛鳥部節というか
この人しか書けない
(書かない)ような
不思議な作品でした。

あらすじ

少女は海が見たいと言った。

ゴミみたいな汚い服を着て
「地獄から逃げてきた」
と言うその少女は
もうすぐ死ぬ運命だった。
男はトラブルはごめんだと思いながら
少女を海に連れて行った。

「海なんて
そんなにいいもんじゃないんだね」
そう言って少女は息を引き取る。
彼女の体には
両肩から手首までびっしりと---。

~~~~~~~~~~~~~

地方テレビ局のカメラマンを務める
崔川真二(さいかわしんじ)は、
大学時代の友人の
亜久直人(あくなおと)
今度のロケハンに助手として
同行してくれと頼む。

心霊スポットの特番で
城を改造したアミューズメント施設
奇傾城(きけいじょう)
取材するのだが、
ここに凶悪な幽霊が出ると
噂になっていて
不思議な出来事や殺人事件を
解決したことがある亜久を
頼ってきたのだ。

奇傾城は個人の所有で
北条夏夫(ほうじょうなつお)という
老人が管理しているが
現在の奇傾城は閉鎖されている。
表向きは
奇妙な展示物ばかりで一般受けせず
閉鎖したことになっているが、
実は城の中で
自殺者が出て以来、
兵士の幽霊を見たという客が
続出したのも原因だと言われていた。

テレビ局のディレクター
蒲生巧(がもうたくみ)
怖いものが好きで、
例えば
幽霊の出る廃ビルに
一泊したいと言い出し
崔川を付き合わせて泊まり、
そこで崔川ともども
幽霊らしき現象に遭遇した
という経験があった。
今度も奇傾城の幽霊が出るという
「絵画の間」で一泊したいと
言い出しかねない。

ロケハンには
霊能者も同行する予定だったが、
霊視した霊能者が
具合が悪くなるほど、
今度の奇傾城は、
かなりヤバイ場所らしい。
急遽代理の霊能者、
示門黒(しもんくろ)という
女子高生を
蒲生が連れてくることになった。
ものすごい美少女だが、
変わった性格をしているそうだ。

8月27日。
ロケハン当日、
ロケバスの中でディレクターの
蒲生に挨拶をする亜久。
運転手は照明係の杉さん
彼は無口な中年の男で
左手に黒い手袋を嵌めている。
最近雇われたばかりだという。

蒲生の隣に
背の高い女性がいて
蒲生の助手みたいな存在の
タイムキーパー・
縫子(ぬいこ)と紹介された。
その他に
番組の台本をかいているという男女、
康彦涼子がいる。
康彦はオカルト好きの眼鏡の男で、
涼子は飾り気がないボーイッシュな女で、
女言葉を全く使わない。
示門黒という子は
このバスに乗っていないそうで
現地で合流するらしい。

奇傾城に到着した一行。
外は嵐で雨脚が激しい。
出迎えた北条夏夫は
化け猫みたいな
大きな眼をした老人。
その北条の側に
縫子より背が高い
フランケンみたいな大女がいて
なんとノコギリを持っている。
看護師の渕沼カネというこの大女は
看護師というより
ボディガードみたいだった。

この奇傾城は
わずかに傾いて設計してある
ところから名付けられている。
三重三階の城で地下室もあり、
一階が展示物の部屋、
二階が居住区、
三階が宝物室となっている。

タクシーが到着し、
一人の少女が降りた。
黒いセーラー服に黒い長髪。
全身真っ黒のこの子が示門黒。
確かに美少女だと亜久は思う。
蒲生が傘を差しだして
中に入れるのを見て
少し嫉妬してしまうくらいに。

一同が城に入る時、
示門黒が亜久に近寄ってきた。
そして奇妙な質問をする。
あなたは鋏が好きですか

切符売り場を抜けて
通路を挟んで左手の部屋に入る。
ここが「絵画の間」と言って
幽霊を目撃したという噂の部屋だ。
「絵画の間」は日本の幽霊画や
西洋の怪物画が壁に並んでいる。
奇傾城は和洋折衷で
外観は日本の城なのに
内装は西洋風であった。

「人形の間」は
日本と西洋の
等身大からくり人形を揃えていた。
「ブランコの間」は
部屋の中央に大きなブランコが
設置してある。
康彦は前にも
奇傾城に来たことがあり
このブランコが
気に入っているらしい。
「見世物の間」は
円筒形のガラスケースが並ぶ部屋で
中に人間と化物を接合した
モンスターのような
生物が入っている。
もちろん精巧に造られた
偽物だと言うが・・・

案内が終わり
北条が二階の「竜の間」に上がる。
一同は二階の大広間で
一度休憩をとることになった。

みんなから離れた黒が
亜久に「地下室を見ませんか」と誘う。
蒲生の許可を得て
亜久と黒が地下室を調査。
階段を下りると
足元に古井戸があり、
奥に牢獄があるだけの地下室で、
牢の中には誰もいない。
亜久はなぜか
ここに長くいてはいけないと
危険を感じていた。

2人が大広間に戻り
夕食を済ませ、
ロケハンを終えた頃には
午後11時30分になっていた。

蒲生が予定通り
「絵画の間」で一泊すると言い、
他の者は大広間で布団を敷いて
寝ることになった。

それぞれ解散して
城内をぶらつく中、
康彦が今からブランコに
乗りませんかと誘うので
亜久は付いていく。
そのブランコは
一回転するダイナミックなもので
亜久は落ちると死ぬ恐怖に絶叫した。

大広間に
再びみんなが集まって来る。
奇傾城は離れた島の上に建っているが
嵐が激しくて
唯一の交通手段の橋が
流されそうになっているらしい。
これは蒲生さんに
相談しなければいけないと
崔川が「絵画の間」に呼びにいく。

しかしすぐに
崔川は大変だと言って戻ってくる。
部屋は内側から鍵が掛かっていて
何度呼び掛けても返事がないという。
これはおかしい。
幽霊が出たのか?
一同は「絵画の間」に急ぐ。

戸を壊そうとしたがビクともしない。
カネがチェーンソーを持って来て
戸を切断してようやく穴が開いた。
そこから見えた光景は
ひどい有様だった・・・

血の海の中に
蒲生の生首が転がっている。
その向こうに
首なし死体が
壁を背にして
椅子に縛り付けられていた。

亜久と北条が中に入って調べる。
鍵はクレセント錠で
内側から掛かっていて
糸などで外から掛けるのは不可能。
奇妙だ---と、亜久は思う。
なぜ首を切断した?
自殺に見せたくて密室にしたのなら
あきらかに殺人に見える
首切りをしたのはなぜか?

椅子に縛った理由もわからない。
しかもわざわざ隅にあった椅子を
壁の前に移動させている。
小刀が落ちていて
これが凶器と思われた。
兵士の幽霊が小刀で
殺しに現れると噂になっていたが
幽霊の仕業なのか?
それとも自殺なのか?
いや・・・
縛られた蒲生が
自分の首を切れるはずがない。
やはり殺人としか思えない。

死体のすぐ上の壁に違和感がある。
たしかここには
小さな絵が飾ってあったはず・・・
椅子の裏にその絵が落ちていた。
これは何を意味するのか?

警察に連絡したが、
橋が流されて
すぐには来れないと言われた。
北条は蒲生が自殺したことに
した方が都合がいいらしい。
なんとも常識のない老人だ。

蒲生が「絵画の間」に入ってから
発見するまでの間、
亜久以外のメンバーは
一人になる時間があり、
亜久だけがアリバイがあった。
そんな亜久が
なぜ呼ばれたのかというと
実は探偵もやっていて
---と崔川が紹介する。

こうなったら
亜久の推理を頼るしかない一同。
亜久は警察の仕事だと断ろうとしたが
今ここで犯人を指摘することで
ある影響を与えるはずだと考えて
仕方なく犯人を指さす。
犯人はあなたです

解説

奇妙に傾く城「奇傾城」で
心霊特番のロケハンに訪れた一行。
幽霊が出ると噂の部屋で
密室状態で首を切られた
ディレクターの死体を発見する。
謎めいた女子高生・示門黒を巡る
愛憎の本格ホラーミステリー。

飛鳥部勝則の長編第13作。
第8作『ラミア虐殺』の後日譚。

『ラミア虐殺』で主役だった
杉崎廉が脇役で再登場し、
『堕天使拷問刑』で探偵役を務めた
亜久直人も再登場する。
奇傾城の主・北条夏夫は
『ラミア虐殺』の北条秋夫の弟で
北条製薬の影がちらつき、
両作品に共通した〇〇要素が
終盤でカタストロフを与える。

物語の鍵を握るのは
示門黒という謎の少女。
黒い長髪で黒いセーラー服という
黒ずくめの女子高生で、
亜久や蒲生など
男の登場人物たちを
次々と魅了していく。

序幕で
瀕死の謎の少女が出て来るが、
これがどう関わって来るかも見どころ。

第一幕で、
探偵役の亜久が
序盤の80ページでいきなり
犯人を指摘して驚かされる。

第二幕・第三幕で
事件を放り投げ、
突然犯人の回想が始まり、
殺人の原因となった
示門黒との関係が描かれる。

そして第四幕で
再び奇傾城に戻り、
悪夢のような
地獄絵図が展開する。

『ラミア虐殺』を
読まれたなら大丈夫だろうが
普通の読者はポカーン状態になるので
必ず先に『ラミア虐殺』を
読んでおかなければならない。

密室トリックは
大掛かりな力技。
城内の見取り図があると
見破られやすいため
あえて図を用意しなかったのだろう。
作中では亜久がすぐ看破したらしいが
そのトリックが明かされるのは
かなり終盤なので焦らされる。
わざわざ密室にした理由は、
俺にはよく理解できなかった。

作中の「仕掛け」については
意地の悪いやり方で成立させている。
(ここはネタバレ解説で)

魅力も多いが、
欠点も多く目につく作品。

欠点としては・・・

●単行本の表紙が怖い。

●あの名前は反則ぎみ。

●登場人物が頭のおかしい奴ばかり。

●肉饅頭は余計だった。
警察が来たら何も言い訳できない。
証拠が消えることを前提に
肉饅頭を作ったとしか思えない。

●黒があまり好きになれない。
どうしてこの女にみんな
惹かれるのか理解できなかった。

●城が傾いている必要性がない。

●真犯人はまず当たらない。
というか意外性を狙いすぎて無理がある。

●読むのが疲れる。

●誤植が多い。
P.262の「☓蒲生」は「〇北条」の間違い。
P.303の「☓中村光男」は
「〇中村三男」の間違い。
しっかりしてくれ。

俺の感想は・・・

なんか読みづらかった。
そしてヒロインの黒ちゃんが
好きになれなかった。

口に噛み切ったロープを入れてたり
死体を冷蔵庫に保管したり、
埋葬される死体の真似や
爪のはがれそうな指をなめて
爪をはぐとか・・・
こいつ気持ち悪すぎて
俺には受け入れられなかった。
いくら美少女でもこれは引くわー。

死体の真似や黒い服から
乙一の作品『GOTH』の森野夜を
イメージしたけど
他の人のレビューを見ても
そう思った人は多いみたい。

この作品の前に
『ラミア虐殺』を読んでいたので、
左手に手袋の男が出てきた時に
ニヤリとしてしまった。
『ラミア虐殺』の
結末のネタバレなので
詳しく言えないが
これは嬉しかったね。
ラストバトルは
まあ絶対に負けるはずがないと
信じていましたが
すげぇかっこよかったっす!

少し脱線しますが、
この話の中で
俺のあるトラウマを
刺激された場面がある。

俺が子供のころ、
テレビで洋画をやっていて
大量のミミズか蟻みたいなものに
椅子に座った婆さんが集られて
跡形も無く喰い殺されるシーンがあって
あれは子供ながら怖かった。
(大きくなってその映画が
『スクワーム』じゃないかと
観てみたが違う。
今も真相はわからない。)

それにそっくりな大量の〇に
人が喰い殺される衝撃のシーンが
236ページにあって絶句した。
これは嫌だ。怖い。

欠点に
「読むのが疲れる」と書いたが、
黒に感情移入できず
いまいち物語に入り込めず、
犯人の独白パートも面白くなく、
終盤でどんでん返しこそあるが
無理矢理な印象を受けたため
(あと上下二段構成もあり)
読み辛かったです。

ラストで白くなるのは、
何の意味があるのかも
よくわからなかったなぁ。
帯や裏表紙に
「純愛(恋愛)本格ミステリ」
と書いてあるけど、
恋愛要素とミステリ要素は
期待してる内容ではないので注意。
おまけで白いアイツが
再登場するのは良かった。

某偉そうなネタバレサイトに
“作中の時系列では『ラミア虐殺』→本書の順になりますが、物語は独立しているので必ずしも順番に読む必要はありませんし、むしろ本書を先に読む方が楽しめるようにも思います。”
と馬鹿なことが書いてありますが
盛大なネタバレを踏むし、
終盤の超展開と
あの人の謎がわからないので
こちらから先に読んではいけません。 
つまらんサイトに騙されないように!

★★★★★ 犯人の意外性
★★★☆☆ 犯行トリック
★★☆☆☆ 物語の面白さ
★★★★☆ 伏線の巧妙さ
★★★★☆ どんでん返し

笑える度 △
ホラー度 ◎
エッチ度 △
泣ける度 -

総合評価(10点満点)
 7.5点








----------------------------










※ここからネタバレあります。
前作『ラミア虐殺』にも触れています。
未読の方はお帰りください。
 











-------------------------------







※ネタバレを見てはいけないと
書いてあるのに
ここを見てしまう「未読のあなた」
あなたは
犯人に最初に殺されるタイプです。
十分に後悔してください。


ネタバレ解説

〇被害者 ---●犯人 ---動機【凶器】
蒲生巧 ---●岸智史 ---障害の除去・娯楽【斬殺:小刀】
(首切り ---●康彦涼子 ---障害の除去【ピアノ線】)
桜井康彦 ---●大量の鼠 ---食欲
縫子 ---●北条夏夫 ---利他主義【刺殺:ナイフ】
北条夏夫 ---●奇傾城の破材 ---事故
渕沼カネ ---●杉崎廉 ---憎悪・救助【斬殺:チェーンソー】

中村三男 ---●渕沼カネ ---障害の除去【斬殺:カッターナイフ】

結末
蒲生の首を切ったのは
康彦ではなく涼子であった。
性同一性障害の涼子も
黒に惹かれていた。

奇傾城は杉さんが爆破し、
嵐の中炎上、崩壊する。
その中で示門黒は
黒い怪物が化物たちと戦い、
自分を助ける「夢」を見た。

生き残った黒、崔川、亜久。
黒は白い服を着るようになり、
卒業式の翌日、
岸智史を真犯人だと告発する。

叙述トリックについて

この作品には叙述トリックが
使用されています。

亜久が犯人を「康彦」と指名したあと、
第二幕から「康彦」先生の
回想パートが始まり、
完全に犯人は「康彦」だと思わせておき、
第四幕の崔川が首を絞められた時に
間違いなく女だったんだよ」(P.248)という一言で
読者に「え?」と驚きを与え、
すかさず次のページの
黒の台詞で
涼子が「康彦」視点の語り手だと
明らかになり混乱させる。

そしてとどめとばかりに
涼子の本名が明かされる。

“「康彦先生!」
涼子は足を止めた。俺の名前は康彦涼子・・・”(P.255)


これは名前のようにみえる苗字
使用した叙述トリック。
元ネタと思われるのが、
ガンダムのキャラデザや
カープファンの「安彦良和」さん。
他に有名なのは
女優の「大地真央」さんもそうです。

どちらが下の名前かわからない名前で
2人の人物を誤認させている
のに加え、
さらにその2人の人物を
男と女にして
男女の性別誤認も仕掛けてある。
 


「桜井康彦」(男)と「康彦涼子」(女)

しかしこれは
面白い発想ではあるが
少し反則ではないか?
だいたい「康彦」なんて苗字があるのか?
仮にあったとして、
「康彦」が2人いるなら
呼ぶ時にまぎらわしくないか?
「桜井ちゃん」と
「涼子ちゃん」になるのが
普通ではないか?

アンフェアだとまで言えないのが
この「康彦」が
こうげんと読めることだ。
康彦涼子(こうげんりょうこ)であるなら、
この問題は解決する。
ただし作者は
ルビをふっていないので
この読みが正しいことにならない。
そこは押しが足らなくて残念に思う。

下の名前が男みたいな名前で
男女の性別誤認を狙う
叙述トリックもあるが
それに比べたらマシ。
名前は親のつけるものだから
ありえない名前でミスリードするのは
あきらかに反則。
(某『〇〇グ〇〇〇ショ〇』のように)
しかしこの作品は、
与えられた苗字なので
「康彦家」に生まれたのなら
それはもう仕方ない。
ぎりぎりフェアな
叙述トリックだと納得した。

逆パターンで
どちらも苗字みたいな名前もありそう。
まだ俺は読んでないけど。

この叙述トリックのために、
涼子を「性同一性障害」に設定してある。
回想パートで自分を「俺」と呼ぶ
ので
てっきり男性視点だとミスリードされる。

第一幕の涼子が極端な無口で
回想パートの語り手と同一人物に
思わせる要素がない
のもポイント。
桜井康彦も示門黒が好きで
涼子はそれらしい動きを
第一幕では全く見せていない。

一番のミスリードは
氷室茉莉や岸智史から
「康彦先生」と呼ばれていること
で、
冷静に考えれば
就任ひと月ほどで親しくも無いのに
涼子先生と呼ばれるはずもなく
「苗字で呼ばれるのが当たり前」なことを
読者に気付かせない。

放送作家の桜井康彦と
作家くずれで
司書をやっている康彦涼子は
どちらもブレーンとして
台本を書いているため
立場も同じで誤認しやすい。
 


回想パートの語り手が
北条と親戚と言い、
第一幕で桜井康彦の方が
親戚っぽいと描写がある。
 

“康彦と北条はしばらく雑談した。波長が合うようだ。眼鏡の青年も猫背で、耳の位置が高くて尖っており、漂う偏執的な暗さも共通し、北条が化け猫だとしたら、康彦は痩せた野良猫だ。親子とはいわないが、親戚くらいには見える。”(P.49)

どう見てもこいつの方が親戚です。

その一方で手掛かりもある。

第二幕の「康彦」は
幽霊を否定している。
 

“一時が万事、霊の仕業に思え、嫌悪していた両親と同類になってしまったことが、死ぬほど嫌だった。俺は霊を否定しなければならないのだ。”(P.94)

そして第一幕の涼子も
霊に対して過敏な反応を見せている。
“「違います!絶対違います!違うんです!」
反応の激しさに、北条の口があんぐりと開く。涼子は体を震わせながら大声を出し続けた。
違うんです!幽霊なんていません!いるわけないんです!絶対存在しません!まして幽霊殺人なんてありえません!あり得ないんです!間違ってます!あなたは嘘つきです!どうして、どうしてどうして嘘をつくんですか!ゆ、幽霊、幽霊、幽霊なんていません!存在しません!絶対いないんです!」”(P.82)

 →異常なくらい幽霊を否定している。

見逃しがちだが、
冒頭の崔川が幽霊ビルで
首を絞められた話をする際に、
後に女だったとはっきり言うが
この時点でもすでに
首を絞めたのが女だと思っている。
 

“さらなる恐怖が彼を襲った。
そこにも女の白く細い手があったのだ。しなやかな指先が彼の首を絞め続けている。”(P.26)

 →女の幽霊に襲われる夢を見て
 目を開けて見たものを女だと
 錯覚した可能性はあるが、
 この時点で張った伏線に
 気付く読者はいないだろう。

正太郎の違和感。 
小野寺正太郎というキャラが出て来る。
こいつは智史の友人で
見た目は普通だが
裏ではかなり問題のある奴だ。
みなさんはこの場面で
何か違和感を感じなかっただろうか?

<第三幕の図書室にて>
“昼休みのチャイムが鳴ると、図書委員の小野寺正太郎が来た。今週の受付当番だ。鶏がらのような少年に新刊目録を渡す。
「今度買う本に迷ってます。君が選んでくれませんか」
彼は、小さくてよく動く目を見開く。
「去年から図書委員ですけど、初めていわれました。前の先生は自分だけで決めてましたよ。ラノベでもいいんですか」
「もちろん」
「去年の先生は許可しませんでしたよ。任してください」”(P.167)

 →第三幕の前に幕間として
 智史視点の挿話があった。
 そこで奇傾城に侵入した
 「桜井康彦」が正太郎たちに
 男同士で強姦されるくだりがある。
 
 しかし、
 この「康彦」は
 図書委員として
 やって来た正太郎と
 平気で会話をしている。

 2年も前のことだから
 顔を忘れてしまっている
 という可能性もあるが 
 この語り手の性格なら、
 強姦された後で
 必ず正太郎を
 探し出してぶっ殺すはずである。
 
 つまり語り手が
 強姦された「康彦」なら
 正太郎が
 生きていてはいけないし、
 こんな呑気な会話を
 するはずがないのだ。

 このことから
 語り手の「康彦」は
 強姦された「康彦」では
 ないということがわかる。

 この正太郎というキャラは、
 語り手が桜井康彦ではないことを
 示唆するためだけに出たキャラです。
 この伏線はお見事。

地下牢の死体消失。  

桜井康彦は
本当に気の毒な男だった。
奇傾城に侵入して男に掘られ
犯人と名指しされて
牢に入れられ、
切り取られた足は肉饅頭にされ、
大量の鼠に喰い殺された。

『ラミア虐殺』で
モンスターを利用した
トリックがないと書いたが
今回はあったね。
人喰い鼠による死体消失。

氷のイゾルデの消失
このトリックの伏線になっていた。
黒が「城が食ったんですね」と言うから
本当に城に命が宿ったのかと
思ってしまったぜ・・・。

しかし
牢に鼠に齧られた跡があると
はっきり書いていない。
“懐中電灯の光が一瞬照らし出したもの”
という曖昧な言い方をしていては
伏線とは言えない。

このトリックはいいのだが、
モンスター利用のトリックが
ここだけなのは
少しもったいないと思う。

欠点に
「城の傾いている必要性が無い」
と指摘したが
作中で氷室茉莉が
面白いことを言っていて、
「戸を閉めても桟が並行四辺形に歪んで
戸が長方形だったら
わずかに隙間があるんじゃないか」
と言っている。

実際はぴったり閉まると
言い返されてしまったけど
もし隙間があるなら
そこから
「ゴキブリ怪人」みたいな奴が入り込み
中で人型に変身して
被害者の首をぶった切り、
再び隙間から
ゴキブリで出るとかしたら
面白いトリックになると思いましたけどね。

密室にする理由は?  

涼子が密室にした動機は
幽霊を否定するため

アリバイのためでも
時間稼ぎでもなく
幽霊を否定するためとは
いったいどういうことなのか?
俺にはいまいちよくわからない。
不可能犯罪や密室にすると
幽霊の仕業になってしまうと思うが?

涼子が蒲生を殺しにやって来た時、
すでに蒲生は死んでいた。
このままでは幽霊が
殺したことになってしまう。
ならば密室状況にして
幽霊しか殺せなかったような
密室を作り上げ、
それは俺がやったのさと
後で教えてやろう・・・
そうすれば幽霊でなくても
こんな不可能な状況で
人が殺せる証明になる
という理論なんでしょうか?
馬鹿じゃないのか?

そもそも
幽霊を否定したいなら
凶器の小刀を持って帰れ。 
復員兵を連想させる小刀を
そのままにしておいて
何が幽霊を否定する、だ。
密室にする動機として
成立していない。

他のレビューやら感想やらでは
「斬新な動機だ」とか
「密室にする動機は目から鱗でした」
とか絶賛してやがるが
はぁ?お前ら大丈夫か?

無理矢理すぎた真犯人。  

蒲生の首を切断したのは
康彦涼子だった。
そして蒲生を殺したのは
岸智史であった。

意外すぎる。
この真犯人は当たるわけがない。

彼は完全な脇役な上に
頭を殴られて入院中の男。
意識が戻ったとか
外泊の許可が出たという
情報すら出ていない。
見事な後出し。

切符売り場の方で
コトリと音がしても(P.50)
 

三階の宝物庫で
小刀を見ていても(P.149)
 

智史が今日ここに来ているという
決定的な証拠が無い。

やっぱり
クローズドサークルなら
閉じ込められた人の中に
犯人がいるべきで、
ノーマークの部外者が入って来て
殺しましたでは白けてしまう。

その智史の犯行動機も
黒ちゃんを楽しませるためという
ふざけたもので、
面識すらない人物を殺すのは
さすがに納得できないものがあります。

岸が「騎士」なら、
黒を守ろうとして蒲生を殺した
くらい言ってほしかったぜ。

杉さんと沢口京。  

杉さんこと杉崎廉は改造人間である。
やめろぉ!やめろ北条ー!
ではなく、
『ラミア虐殺』で語られるとおり、
北条の新薬を左手に注射したため、
カブトムシの能力を身につけた。
強固なボディと
強靭な角を武器に
軍隊仕込みの空手で戦う黒い化物。
※電気は使えない。

『ラミア虐殺』のラストで
真犯人の銃撃に意識を失い
瀕死の状態で終わったため、
この作品で登場することが
盛大なネタバレになっている。
生きていたということです。

その杉崎を助けたのが
人狼の沢口京。

『ラミア虐殺』では
不思議な立ち位置のキャラで
中世的な顔立ちの青年の姿をしており
不老不死で
年をとらないらしい。

傭兵時代に杉崎に
命を救われたことがあると言い、
『ラミア虐殺』では
最後のピンチに駆けつけて
真犯人を殺し、
杉崎をふもとの医者に預けて
借りを返して終わった。

前作を読んでいる人なら
黒の見た怪物たちの戦いが
夢などではなく現実だとわかる。

それでは、
杉さんの戦いを振り返ってみよう。

第一戦 VSカニ人間【ローリングソバット】
第二戦 VSトカゲ女(カネ)【チェーンソー斬り】
第三戦 VSジャガーマン【ジャンプキック】
第四戦 VS大コウモリ【フェイスクラッシャー→フットスタンプ】
第五戦 VS蛾人間【まとめてフットスタンプ】
第六戦 VSアルマジロ人【サイ怪人の角で串刺し】
第七戦 VSサイ怪人【殺人バックドロップ】
第八戦 VS蜘蛛男【烈風正拳突き】

示門黒を背に乗せて
チェーンソー片手に無双乱舞。

そして伝説へ。

つ、強ぇー!

蛇足だが、
失踪した水商売の女・緑川ルリ子の
名前の元ネタは
初代仮面ライダーの
ヒロイン・緑川ルリ子。

名前だけ出て来る女子高生・玉木純子の
名前の元ネタは
仮面ライダーV3の
ヒロイン・珠純子。

智史の同級生の小野寺正太郎の
名前の元ネタは
仮面ライダーの原作者の
石ノ森章太郎の本名
小野寺章太郎から。

出て来た怪人も
それぞれ元ネタがありそうだが
そこまでは調べられない。

バカミスなのか?  

内容が無茶苦茶なので
バカミスというよりダメミス。

密室トリックは
「ブランコの間」の
内部屋の回転を利用するという
なかなか面白いトリックだ。
あのブランコ自体が
一回転しているんじゃなくて
部屋の方が回っていたのは盲点だった。

仕掛けとしては
被害者の首にピアノ線を巻き、
絵を外して壁のフックを抜き、
その穴にピアノ線を通して
ブランコ部屋の内部屋に結ぶ。
ブランコが動けば
もの凄い勢いで
ピアノ線が引っ張られて
首が切断されるというわけだ。

このトリックを考えた涼子は、
ディクスン・カーを読んで
思いついたらしい。
“「密室トリックは以前から思いついていた。知っての通り、北条は伯父でね。奇傾城には何度も足を運んでいる。トリックがひらめいたのは、高校生の頃だ。デ、デ」
突然言葉が出なくなった。
デ、デ、デデデディクスン・カーをまとめて読んでいたからな。もっとも私はカーター・ディクスンのほうが好きだったですけどね。H・M卿、もっと好きなのはバ、バ、バンバンバンコラン、あ、あ、あああ亜久さんは、殺人トリックを、みごとに暴いてくれましたよ」”(P.252)

バンバンビガロ?
こいつ噛みすぎだろ。
俺もHMが好きだから
カーター・ディクスン寄りかな。
バンコランはあまり
好ましい印象がないけど。

俺としては、
北条の言っていた
首切り自殺の方法が
バカっぽくて良かった。

「首を最後まで切り落とす!」と
強く念じながら首を切って自殺すれば、
死んだ後も手が動いて
首を最後まで切り落とせる
というバカなトリック。
冗談で言ったやつだけど、
これは面白い発想だったな。

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